本日、おひさしぶくろなイケブクロへ。ヒプステのコラボカフェに行くためやってまいりました。目的地近くに大変雰囲気の良い通りが。池袋はあんまり散策したことないから、今度がっつり歩き回ってみたい
コラボカフェ前でお渡しいただいたお土産が…ッ!テメエ……これはどういうつもりだアァン?ありがとうございますありがとうございます!!あまりのクオリティの高さに手ぇ叩いて喜んでしまった。なお中身はとってもおいしい白餡入りのおまんじゅう
というわけで入店!
ヒプ本体のコラボカフェは何度もあったが、ついにステでもコラボカフェやってくれてめっちゃ嬉しい!2019年から待ち望んでた!ディビジョンのロゴの多さを見ると、ステの歴史の長さを感じられてジーン…
テーブルがお土産とアクスタでわちゃわちゃ。改めて明るいところで見ても、お土産の鼻血がリアルすぎて笑う
店内ではステの映像が流れており、ステハマが現れるたびにワーキャーしちまった。改めてキャスト交替しても素晴らしい作品を作り続けてくださって、感謝しかない
何注文するか悩んだものの、結局ほぼいっしょのメニューを頼んでしまったテーブル。にぎやかすぎる(最高)
なんだぁこの原色のソースはぁ?SNSで画像見たときから楽しみにしてましたが、画像まんまで出てきて大喜びしちゃった。ステGCで理鶯が銃兎に食べさせるために最後まで守り抜いた一皿ぐらい原色やわ
店内には各公演のポスターが貼ってありましたが、マジのマジでハマサカステのポスター好きすぎるから売ってほしい部屋に飾りたい。かっこよすぎる
かわいいネオン看板も。コラボカフェ、次はぜひ地方でもやっていただけたら嬉しい。コラボメニューも新グッズも素敵なので、いろんな方々に体験していただけるように
そして原宿へと足を伸ばし、やってまいりましたラフォーレ原宿。かなり久々に来たので初めて来るぐらいの感覚ですが、こんな和な雰囲気の玄関やったっけ?と思ったらおそらく裏口側の様子
ラフォーレコラボのイラスト大好きだったので、現地に見に来れて嬉しい!SNSとかに上がってる画像は見てましたが、やっぱ現地に足を運ぶと「ラフォーレにハマが…おる…!!」と実感が湧いてテンション上がっちゃう
かわいいぷくぷくシールをゲトった
館内を歩き回って立て看板も拝謁。ハマはやっぱりでっかい。うれしい
そしてラフォーレ近くで早々と飲み!さすが原宿、2階が良さげな雰囲気の服屋さん
並べて見るとハマのアクスタの小ささがマジでかわいい。ハチオウジのみなさんもかわいい。ジャムツ寸劇のおかげで、ハチオウジたちには美味しいものいっぱい食べさせてあげたくなる
我々は我々で美味しいツマミと美味しいお酒をいただきながら、私のハチオウジ妄想をいっぱい聞いてもらってHAPPYでした。ステのオリキャラたちは誠に掘り下げがいがある
そして特大の土産とばかりに、コラボショッパーをいただいてしまった…っ!コラボカフェから原宿や居酒屋までお付き合いいただいたってのに、感謝してもしきれぬ…っ!!ありがとうございますありがとうございます!!おうちで大事に飾っております
で、新幹線に乗りまして初めて降り立つ地、新富士駅へ。JR東海のオレンジ色が夜空に輝いております。関西人にとったらJRって青色なので、オレンジ色のJRを見ると、東海地方に来たなぁ〜という気分になる。だからなんやねんですが
駅前広場にドデカ本があり、富士市民憲章なるものが書かれておりました。富士山のように豊かな人間であろうという文言のようです。三島の柿田川公園で見つけた水五訓みたいに、自然から教訓を得がちな日本人
駅とホテルの間にいい雰囲気の飲み屋さんがあり、入ってみると大当たり、店の半分が酒屋さん状態で地ビール、地酒、地ワインがたっくさん!まずは地ビールで乾杯
お次にワイン。何を頼もうかなとオーナーさんたちに相談してみたところ、ママさんがいろいろ教えてくださり、オススメされるままに甲州ワインをいただきました。ンま〜〜い!
甲州ワインって産地は山梨オンリーと思ってました、なぜなら「甲州」って言葉自体が甲斐国、つまり山梨あたりを指すので。しかし甲州ワインは甲州ブドウからつくられたワインのことで、静岡県でも甲州ブドウによる甲州ワインを醸造しているとのこと。前に山梨・笛吹に行った時ワイナリーを訪ねたが、静岡でもワイナリーに行ってみねばならん
そして隣席にやってきたおっちゃんと話してると、おっちゃんは地元の方でママさんの同級生、仕事で全国各地に行ってはバンド活動をしているというおもしろ経歴を持っており、バンドのライブ動画を見せてもらったりお酒やご当地メニューの富士宮やきそばを奢ってもらったり、とっても良い夜を過ごさせてもらいました
良いお店、良い人たち、良い時間。地方にひとりで行くと良い出会いがあるの、ありがたい
ほろ酔い気分で駅周辺を散策し、少しばかり工場夜景を堪能。エルテレサが「富士市工場地帯〜♪」と歌ってるように、富士市は特に製紙工場で有名。きれいな水と木材が大量に手に入ること、東海道で大都市への輸送もしやすかったことによって、明治ごろから製紙産業が栄えたらしい
翌日。新富士駅の北側に出ると、まぁ〜〜〜なんと見事なフッジサーン!
小さい頃から一人で海行って一時間ほどぼーっとするほどには海派でしたが、近年「山もええなぁ」と思うようになり、日本各地を旅してると日本てほんまに山多き島国やなぁと実感し、奈良の大神神社のように山そのものをご神体として祀る意味もわかるなぁとなりましたが、やはり中でも富士山はパワーを感じる。パワーというのはスピ的なサムシングではなく、シンプルに物量として。物体として、強い。みたいな感じ
そらもう当然マンホールだってフッジサーン。波しぶきが浮世絵風でかっちょいい
東海道本線の富士駅に向かって歩いていきます。道中には水路や小さな祠がちらほら。こんな小規模な祠でもちゃんと鳥居が立ってるの、すごい。しかもこんなにちゃんと土地を割いて
視界が開けるたびに富士山がお目見え。贅沢な景色
道祖神か何かっぽいのも。完全に体感ですが、このへん住宅街のわりに路傍信仰をよく見かける気がする。それだけ古くに形成された街ってことかも、江戸時代の頃から東海道を行き来する旅人も多かったやろし
昔からの街並みがあり、大小さまざまな工場があり、でんと構える富士山があり。この地域ならではの景観という感じ
東海道本線越しの富士山も良い。人間が造りだした景色と、古来から大自然によって作り出されてきた景色の融合
東海道本線沿いウォークも楽しかったです。水路があったり、
保守点検用だろう橋桁があったり。あと線路上に「桃太郎」がおる、JR貨物!などと反応してしまうのもYouTube西園寺チャンネルのせい
ここにも小さな祠が。ビルの屋上とかにあったりするが、こんなふうに駐車場の一角にあるのは、地元関西ではあまり見ない。祠の周りにだけ覆い隠すように、結界のように植物が繁茂してるのも、なんかええな
富士駅に到着し、線路を越えるため跨線橋にのぼったら、明らかに「ここで一息ついて富士山でも眺めてね」スポットが。こんなところにベンチ作ってくれるなんて、機能性に人の心が宿ってる感じして好き
東海道本線をまたいで駅の北側に出ると、ドーンと富士山の麓まで続いてそうな一本道が出現!
足元にはカラー版の富士山マンホールが。かなりサイケな色使いでイケてる、ジョジョ4部の表紙みたい。ジョジョの荒木先生もゴーギャンの絵を見て、砂浜をピンクで塗ったりしていいんだ、見えたものそのものじゃなくて心の中を描いていいんだ、って思ったらしいので。天野喜孝氏が「絵とは、目に見えないものを見えるように描くこと」って言ってたのと同じ、色も形も感じるままに自由でいい
駅前商店街である「富士本町商店街」と、遠景の富士山が生み出す、唯一無二の光景。商店街のひさし部分を飾る、赤い銅鐸みたいな化粧瓦が、昭和感あってたまらない
天井の照明?も凝ってて素敵。花っぽいデザイン
この富士本町商店街は、明治41(1908)年の富士製紙(現・王子製紙)の創業、翌年の東海道本線・富士停車場の開設を機に形成されていった商店街とのこと。ジャパンアーカイブスにも昭和時代の良き姿が残ってます
そして商店街のメインストーリートから一本内側に入ると、個性的な建物がずらーり
どうやらこのへんが富士駅前の歓楽街の様子。無料案内所も、看板といい建物といい大変味わい深い
歴史を感じさせる建物も。見事な緑青、うつくしい
私も緑青を育てたくて、銅板を買ってベランダに放置して3ヶ月たつんですが、まだ全然緑青の気配がない。なのでこの建物みたいな見事な緑青を見ると、すごい長い時間をかけて纏った美しさなんやなぁとしみじみする
建物は昭和6(1931)年竣工の木造二階建て、この商店街で現存する最古の店舗兼主屋。富士製紙工場の操業や、富士駅の開設にあわせ、大正8(1919)年に酒問屋として創業したとのことで、まさに工場地帯として栄えた富士市と歴史をともにしてきたわけや
正面はいかにも日本家屋ななのに、横から見ると、奥側には洋風の窓なんかもあったりしておもしろい
かわいい街路灯。緑と青を基調としているのが富士山のお膝元らしさ
商店街はかなり先のほうまで長ーーーく続いており、視界にはいつでも富士山がデーンとかまえてて、まさしく圧巻の景色
では一旦、富士駅に戻りまして東海道本線に乗り込みます
車窓にもずーーっと富士山!なんて贅沢な眺め。東海道本線で熱海を目指していた時、車窓が海一色に染まったパノラマビューも最高やったけど、日本を象徴するドデカい山がずっと見えてる景色も最高
富士駅からひとつ東に戻った吉原駅に到着
昔ながらの駅舎、並走する線路。おそらく工場関連物資を運ぶための貨物列車がたくさん走ってたんやろな。調べたら工場に引き込む専用線もあったようです。ホームはこの島式1つしかないのに、こんだけ線路がある理由もわかる
吉原駅の開業は1889(明治22)年と、富士駅より20年近く先輩。数えきれないほどの車両と人々が行き来してきたことでしょう
駅のホームからも富士山。何度見ても飽きない。近景が工場群なのが、富士市ならでは
ホームにはかなり古そうな柱も残っており、足元にはなんらかの構造物があったっぽい痕跡が。昔の駅舎によくある洗い場とかかな、蒸気機関車の時代は乗客が煤だらけになった顔や手を洗う必要があったから。と思ったけどchatGPTいわく、蛇口の跡もないし、これはベンチの跡かも、とのこと
で、吉原駅に来た目的はこちら、岳南電車に乗るため。ご覧ください、この町工場かのような駅舎。大興奮してしまった
昨晩、飲んでいたお店でも「岳南電車に乗りたくて富士市に来た」と言ったら、ママさんや常連さんに「なんでわざわざ?」とおもしろがられたが、私にとったらローカル私鉄なんてものは個性のかたまり、その街の成り立ちやかつての人と物資の流れを感じられる歴史のガイドブック
JRから岳南鉄道にはホーム上で乗り換えできますが、ICカードの関係で、一度JRの駅舎を出ることに
その選択が大正解、まさかこんな案内看板を見れるとは。新しく用意したというより、元からあったものを活用した感。目立つようにかわからんが、オレンジのモップと花柄の何かが「オカンの手作り」すぎる
岳南鉄道の駅舎に向かう途中、いい感じの地下道というか隧道というかを発見。雨で冠水するとか興味そそるやないか
のぞいてみると、確かに狭小で天井も低い。兵庫県・JR甲子園口駅のまんぼうトンネルを思い出させる。薄暗さを中和するためか、壁にほのぼのイラストが描かれてるのも逆にホラー感あって高まります
そんなお得意の寄り道をかましつつ、やってきました岳南電車の吉原駅。この機能性に特化しながらも、あれを貼ったりこれを追加したりと、地方鉄道ならではのカスタマイズが施された駅舎感。味わいがすごい
この角度から見る岳南鉄道のホームも最高です。木製の柵が生み出す不揃いな影。これを旅情と呼ぶならそうなのかもしれん
当然のように手書きの黒板があるのも良い。「数量」が右横書き、「発見日・発見場所」の「発」が旧字体。岳鉄の吉原駅は1949(昭和24)年開業、おそらく駅舎の外装とかは更新されてるやろけど中身は当時のままらしく、存在そのものがタイムカプセル
ホームに来てみると、うわーお!カーブをえがく錆びついた骨組みに真っ赤な車体、たまらん
終端駅ならではの車止めもこんな感じ。車止め真横になんらかのボンベがあり、古い小屋があり、そしてよく見たら線路終端部に渡された材木の上に、狛犬だかシーサーだかが置いてある。ルールや規則に縛られず好きに楽しく飾ってる感、ローカルがすぎる。大好き
駅名標と、工場と、富士山と、不揃いな木柵
番線票が、富士山と桜?これぞNIPPON
久々に手にした、かってぇキップ。これ持ち帰りたかったな、駅員さんにお願いしたらできたかも?今度手にすることができたらお願いしてみよう
車内に乗り込み、運転席真後ろの特等席へ。さっきJR吉原駅のホームから見たとおり、ものすごい複線区間ということがわかる
車窓からは数々の工場プラントが見えます。太平洋セメントは、こないだ川崎の工場地帯でもドデカいタンクを見た!各地にあるのすごいなぁ
ジヤトコ前駅に到着。「ジヤトコ」は自動車部品メーカーの名前とのことで、製紙業で栄えた富士市も現在は自動車産業や化学工場などなど多ジャンルな工業都市となっている様子
目的地の吉原本町駅に到着。こちらもシブい駅舎
駅舎の梁や柱には古いレールが使われているらしく、中には戦前のドイツ製のものもあるんだとか。100年以上前の古きものが、新しき暮らしを支えてくれている。人間もかくありたいもの
ホームの目の前に住宅というこの沿線景観も、ローカル鉄道ならでは。大阪の水間鉄道を思い出させる
駅の案内にも古いレール柱の紹介が
写真と同じレール柱を探しにホームに戻ってみると、すぐに発見。レールに刻印された「UNION 1902」を拡大コピーしたものが貼られてました。ドイツのウニオン社で1902年に製造されたレールとのことで、120年以上前のもの
ホームを出たところには、おそらく切符売り場があったんやろなという場所も
ようやく駅を出て、街歩きへ。吉原本町駅周辺は、かつて東海道の宿場町のひとつ「吉原宿」の中心地だったわけですが、おもしろいのが吉原宿の場所が2回も変わっていること。これは宿場町では結構レアケースらしい
初代の吉原宿は、さっき乗り換えで使ったJR吉原駅あたり。海岸線に近かったため津波や高潮で壊滅し、内陸側に二度引っ越しした結果、上の地図の赤線どおり、吉原周辺で東海道がぐにゃーんと曲がることになった
(出典:歌川広重《東海道五拾三次之内 吉原 左富士》東京富士美術館蔵 「東京富士美術館収蔵品データベース」収録 )
その結果、江戸から京都に向かう間は常に右手側に見えているはずの富士山が、吉原宿あたりでだけ左手側に見える、これを「左富士」と呼ぶらしい。こういう現象にわざわざ名称をつけてるのも日本人らしくておもしろい
というわけで旧東海道に沿って歩き始めてすぐ、参道を発見。そういえばまだ土地の神様にご挨拶してなかったので寄ってみます
かっこいい扁額に迎えられてのお参り
こちらの吉原天神社、創建は不詳ながら源頼朝や豊臣秀吉が参拝したと伝えられ、宿場町の総鎮守として今も大事に祀られてるそう。地域の人々から大切にされているのが、きれいに掃除された風景から伝わってくる。忘れ去られて朽ち果てていくばかりの寺社仏閣も良いものですが
そして境内には鉄棒があったり、スナックなどの飲み屋ビルが丸見えだったり。こういうざっくばらんさもおもしろい、神域に鉄棒があるなんて日本以外であんまりありえなさそう
こちらの街路灯も凝ったデザイン
さきほど通った富士駅前の商店街は工場や駅とともに発展した、いわば近代的な商店街で、こちらは旧街道の宿場町から発展した商店街。成り立ちは違っても、駅も宿場町も「交通の便利な土地」という意味では同じで、というか「駅」という字がそもそも、馬で行き来してた時代に馬を乗り継いでいた場所やから「駅」=「宿場町」なのでは、と勝手に連想してたけど、厳密には「駅」=「宿場町」ではなく、あくまで「宿場町」は旅人や大名行列の休憩所、「駅」は公用の馬や役人の中継所、ということらしい。ひとつ勉強になった
地方の商店街あるある、アーケードの上にどでかいビルがつながってる風景
こちらも。お店ごとにいろんな表情を見せる商店街の上部が、画一的で無骨なビルになっているのがたまらない
また別のカラーリングを発見。同じデザインのマンホールなのに、こんなにカラーバリエーションがあるの、初めて見た。表紙によってキャラの髪や服の色が全然ちがうジョジョみたい(結局ジョジョみたい)
あるお店のショーウィンドウに、おもしろそうなものが掲出されてました。吉原周辺の手書き地図。作者さんの思い出も書いてあるのが大変良い、なぜなら地図は誰だって書けても、見たもの聞いたもの感じたものの記憶は、その人にしか書けないものなので
「頭の毛のうすいシワの多い師匠」とか「おとりばあさんという人の良い小柄のおばあさん」とか、「夏の夜はタンボすれすれに提灯がついたり消えたりして、狐の嫁入だといわれていた」とか、この時ここで暮らしていた人にしかわからないことが書かれていて、しかも作者さんにとって「印象深かったこと」に違いないので、なおおもしろい。超主観的地図というか。こんな地図、各地で見たい
吉原宿周辺の東海道をえがいた公的絵図も発見。前述のとおり、吉原宿だけ内陸にぐねっている
沿道に宿場町だったころの面影を残すものはほとんど見当たりませんが、こんな風に「ここにこんな建物ありましたよ」と教えてくれるのありがたい
そろそろ駅に引き返すかーってタイミングになって、唐突に視界に飛び込んできたのがコレ!この日一番の脳汁が出ました
ついさっきまで、地方都市にありがちなちょっとさびれた商店街を歩いていたのに、急にこんな悪夢のような飲み屋ビルが出現して超ラッキー。真っ赤なゲートの向こうにはスナックが連なっています
景気良かったころは、こんな立体看板とかオリジナリティ満載の商業建築がたくさんあったんやろなぁと、北海道・恵庭の飲み屋街を歩いてる時も思ったものです
ゲートをくぐって奥も探索してみたかったけど、ちょっと勇気がなかった、あまりにも塀で区切られたエリアだったので。ここから見るだけでも、奥まで奇怪なデザインが続いているのがわかり、ワクワクしてしまう
別の道から、駅方面へと戻ります。こういったいかにも古い蔵もあったりして、まるでさっきの建物が夢まぼろしだったみたい
ベランダの形が凝ってて素敵。昭和情緒だ〜
一番右端真ん中の丸窓からのぞいてる女性の絵、たぶん美容室やからなんやろうけど夜見たら普通に怖そう。この写真を見返すたびに表情変わってそう
なにげなく視線をやった先に、オーラを放つ名建築を発見。となりのトトロ感
覗き込むと立札があったけど遠くて読めなかったので、調べてみたところ、「順天堂田中歯科医院」という国登録有形文化財とのこと。富士市吉原出身の歯科医師が開業、医院の洋館部分は、東京電燈会社(現:東京電力)初代社長が明治22(1889)年頃に建てた別荘を移築したんだとか
裏側から見たこのドーム型の部分とか、往時は太陽光がそそいできれいな空間やったんやろな。ここが治療室か待合室だったなら、治療に来た患者さんも癒やされたことでしょう
このまま植物に呑まれ廃墟化していくのかなと思ってたら、電子新聞によると広見公園の歴史的建造物を集めたエリアへの移築復元計画が進んでおり、保存へと動いているようです。すごいな、修繕費も移築費もかかるやろうに
ただこれは完全に私個人の感覚やけど、名古屋の明治村や、大阪の今昔館しかり、「あるエリアに集められて復元された建物」にはあんまり興味がわかなくて、ボロボロになってもこのまま風雨にさらされ朽ちていっても、実際に建てられたこの場所にあり続けるほうが、リアルに感じられてええなぁと思ってしまう。もちろん保存の努力はすばらしいことで、費用も労力もかかるし、簡単にできることじゃない、それ自体はすごいこと。ただ私は、実際にその建物が長い時間を過ごしてきた場所で、あるがままにあるほうが美しいなと感じてしまうだけ
住宅街や工場の合間を流れる水路なのに、水がめっちゃきれい。これも富士山の恩恵なのか
で、帰りの電車に乗るためたどり着いた岳南鉄道「本吉原駅」が、とんでもない立地で本日二度目の脳汁ドパドパ
ひえ〜〜!!なにこの最高の景色、最高のホーム!「せっかくなら行きとは違う駅から乗りたいな〜」という軽いノリで歩いてきてよかった!
興奮しすぎたので一旦、視線を周りにやってみれば、これまた味のある建物が。ここが岳南鉄道の本社とのこと。素朴なたたずまい、たまらん
で、もっかい本吉原駅の方へと目を向けます。うわ〜〜〜何この最高の景色、今まで見てきた駅の中で一番好き
ホームの光景がまたすばらしい。これは夜景もめっちゃきれいやろな
線路内に残された石積み、なにかの足場やったんやろか
上屋のたたずまいも最高です
なんとこちらも国登録有形文化財。とくにプラットホーム、足元部分は1950年開業当時のままとのこと
プラットホーム上に上屋が建てられた昭和43(1968)年当時の新聞記事。こんな一面にドーンと掲載されるほど、注目されてたとは
当時はまだ人や物の輸送が鉄道中心やったからかなと思ったが、Geminiちゃんによるとちょうど輸送が鉄道からトラック・自動車へと転換する過渡期だったようで、実際、内閣府の経済報告ではまさに昭和42〜43(1967〜1968)年頃に、貨物輸送量においてトラックが鉄道を追い抜いたと
そういう意味では、鉄道関係者らが危機感を強めていた頃だったのかも。だから岳南鉄道も、駅ホームに上屋を建てたり環境改善に努めていたのかも
そして当然のようにこの駅からも富士山が拝める。駅名標が良すぎます。ギュウギュウに詰められた太フォントがいとおしい
帰りの電車がやってまいりました。丸みを帯びたボディとジュラルミン感がたまらない。京王電鉄井の頭線を走っていた車両を譲り受けたらしいです。別の鉄道会社の車両が、全然別の路線で今も走っているってのもアツイんよな、熟練の老兵感というか
帰りの車窓からの景色、迫り来る工場風景。夏期には工場夜景を楽しめる夜景電車が運行されてるらしく、ぜってぇ〜〜〜〜に乗ってみたい。山口県・宇部市の工場夜景は歩いて、横浜の工場夜景は船から見たが、電車に乗りながらの工場夜景も見てみたい
車窓を楽しみながら、頭の中ではずっとエルテレサが流れてます。富士市工場地帯〜無理もうがんばらな〜い♪
JR吉原駅に戻ってきました。あちこちに煙突が立ち、富士山を仰ぎ見ながら地方鉄道も宿場町もスナックビルも楽しめて、おまけに酒が美味しく素敵な飲み屋さんがある富士市、とっても楽しかった
おしまい










































































































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