軍事拠点だった大阪ベイエリアの下町を歩く、あとたった3分だけ船にも乗る

2026年7月5日日曜日

t f B! P L


おはようございます。本日はZepp Osaka Baysideにて梅田サイファーのワンマンライブに参戦するため、弁天町から大阪港周辺を歩いたり船に乗ったりしていきます
ちなみにZeppの最寄駅はJR桜島駅でして、今日梅田サイファーのライブに参戦する人で弁天町から歩いてるヤツなど私しかいないと思いますが、隙あらば寄り道するのがシュミですゆえ

弁天町駅は、オタクにおなじみインテ大阪に行く途中で通ることはあるけど、降りるのは初めてかも。駅を出れば早速、阪神高速16号線と17号線とJR環状線の立体交差がドーン!

さらに大阪メトロ中央線が地上に出てくる区間のため、高速道路と高架鉄道が入り乱れて大変なことに。歩道橋も参戦してのカオスっぷりに、興奮せざるをえない

歩道橋と地下鉄の地上駅舎が絡み合ってる感じもたまりません。無機物なのに有機的というか

大阪港方面に向かって歩いていきます。シブい立体看板を発見。デザイン的に電気機器関係の企業?

このへんはGoogle Mapではかなり整理された区画だったので、新しめの街並みなんかなと予想してましたが、実際は古そうな建物があちこちに残っており、嬉しい裏切り
この物件も明らかに増改築を繰り返した感があって大好物。住んでる人の暮らしに合わせて、変化してきたのがわかる。不規則に出っ張ったり引っ込んだりしてる建物って、なんでこんなに魅力的なのか

ベンガラ色がなんとも色っぽい。なにがしかの商売やってはったんやろな

この街並みの雰囲気、ええわぁ〜〜と思いながら歩いていると、行く先になにやらドデカイ構造物が。これは期待値上昇事案

大阪ではこういう長屋をちょくちょく見かけますが、2階の壁のデザインが見事。まったく必要がないのにこんなデザインが施されてるのって、造った人の遊び心や美意識が感じられるし、街の景観を豊かにするからおもしろい

なんか古代神殿的オーラをかもしだしてる建物を発見。調べてみるとこの「Asueアリーナ大阪」、1万人収容の巨大体育館を半地下に埋め、屋上部を公園にしているレア建築物らしい。このコンクリの下に巨大地下空間が広がってると思うと、エヴァのネルフ本部的なワクワク感がある

ビルに挟まれた古い住宅も。ギューッとなってて今にも押し潰されてしまいそう
ここ大阪市港区は、大正時代に大阪市電が開通してから開発が進み、港町として発展したらしく、戦前には大阪市内で人口最多の時もあったんだとか。当時はまだまだ船舶が物資輸送の主力やったから、港湾で働く人やその家族も多く住んでたのかな。とくに大阪は川や堀だらけの「水の都」なので
ただそんな港町も、大阪大空襲でほぼ焼失したとのこと。なので現存している古い建物は、基本的に戦後復興期のものと思われます

中身が全部見えるタイプの立体駐車場!!動いてるところを見てみたすぎる。トミカでこんなオモチャあったな〜!

商店街の街灯のデザイン、もしやバレーボール?なぜなら商店街の名前が「中央体育館西商店街」なので。そして中央体育館とは、前述の大阪アリーナのこと。それだけあの建物が街のシンボルってことやな。奥の高架鉄道をメトロ中央線の電車が通過しております

いい雰囲気が出過ぎている、いい建物。何屋さんやったんやろ

そろそろ通りが終端に達しようかという頃、見えてきました巨大な構造物が。しかもひとつじゃなく、いくつも連なってそう

でたーーーー!大好物のジャンクション!!

以前訪れた門真市のジャンクションもですが、直線と曲線が入り乱れている感じが非常にグッときます

歩道橋を歩いてジャンクションを間近で真下から堪能できるのもありがたい

この複雑な立体交差っぷり。まじでどうやって設計図引くんやろ

今まで見た中で一番かっこいい立地にあるラーメン屋さん

ぐるぐる渦巻く高速道の向こうに斜張橋まで見えてきました。ご褒美すぎる光景


近づいてみれば、ジャンクションがそのまま斜張橋につながっていることが判明。激アツインフラコラボレーションやないか

右から左から画面を貫くように生える道路。いったいいくつ重なっているのか

車道、歩道、そして鉄道が3Dで並走

歩道橋の真横を走り抜けていく大阪メトロ中央線。これが地下鉄なんやからおもしろい


今度は遠方に、赤いトラス橋を発見。いろんな橋梁が登場するのも港湾地区ならでは

ついに水辺に出ました。いろんな船舶が停泊しております。そして川をまたいでいく高架道路の橋脚のたくましさよ。橋や車や貨物の重さも、人の暮らしも支えている。かっこええなぁ

釣り人もいたりして、こんなに工業的な景色の中にも人の営みが感じられておもしろい

築港エリアに入ると、さきほどの真っ赤なトラス橋が再びおめみえ。この距離でも、かなりでかい橋ということがわかる
Geminiちゃんに聞いてみたら、実はすごい橋であることが判明。港大橋という、日本最長(510m)、世界でも第3位の長さを誇るトラス橋。阪神高速道路の一部で、上下2階建て構造になっているのも珍しいんだとか。「本来は航空法にのっとり、赤と白の斑模様になる予定だったが、景観を重視して交渉を重ね、現在の美しい赤一色に塗装された」らしく、すばらしいこだわりっぷり

海沿いを歩けば、防潮堤とおぼしき無骨なコンクリ壁が立ちはだかり、いかにも沿岸部らしい風景で良い

建物も沿岸部ならでは。でっけえクレーンとカゴを備えてます

カゴは人間が余裕で何人も入れる大きさ。二階や三階から貨物を運び出して、地上にあるトラックに積んでたりしたんかな

おもしろいデザインの病院。足元の「液化酸素」タンクの年季の入りっぷりがすごい、風雨に耐えてきたんやな感

港湾エリアらしいユニークな建物や企業も。いいフォント

海遊館や大観覧車で有名な天保山までやってきました。こちらは天保山公園内にある「天保山跡」の碑
今では「日本一低い山」として知られる天保山、もともとは江戸時代に、そばを流れる安治川を洪水防止のため切り拓き、その川底の砂を積み上げて造られたもの。幕末には他国の軍艦を警戒して砲台が置かれた「お台場」でもあったとのこと

かつては浮世絵にもえがかれたように、松や桜が植えられ、茶屋や見世物小屋が並び、頂上には常夜灯があって遠く淡路島や六甲山を眺められた行楽地だったらしい
というのも安治川の土砂運びは、幕府が市民の協力をつのり、裏長屋の借家人まで総出でおこなわれたため、そうして出来た天保山に対して大阪市民は特別な愛着があったと。「そろいの衣装で土砂運びをした」とのことで、大変なインフラ工事ではあるが、ちょっとしたイベントでもあったんやろな。去年の大阪万博の熱狂のように

もうひとつ、おもしろい浮世絵を発見。同じく天保山の景色で、茶店やら船やら行き交う人々が描かれてますが、なにより構図手前にドンと描かれた木材の逆三角。これは「みおつくし(澪標)」と呼ばれる水路標識で、大阪市の市章でもあるので、現在も市内のあちこちでこのデザインを目にします
なんかこの絵の構図が象徴的でおもしろいなーと思って。それほど大阪の人にとったら、「みおつくし」のある景色っていうのが日常的やったんやろな

天保山公園内の散歩に戻ります。植物で隠れてますが、こちらは「獣魂碑」。糧秣(りょうまつ=軍隊の食料)となった鳥獣類への感謝をあらわした慰霊碑で、戦時中ここには軍の食糧製造や補給拠点だった「大阪陸軍糧秣支廠」があったとのこと。碑には
  大阪陸軍糧秣支廠長 土 正雄
  昭和十七年七月建之
とあるらしく、施設長自らが昭和17年という太平洋戦争まっただ中に建立したことが伺える

1935(昭和10)年の地図には、天保山のところにしっかりと「陸軍糧秣支廠」の文字が。「憲兵分隊」や「海軍部分室」の文字もあり、確かに日本が軍事国家だったことを感じさせる

さらに21年ほどさかのぼって、1904(明治37)年の地図を見ると、天保山が砲台としての形をしていたのがわかっておもしろい。五稜郭とかを思い出させる角張った形

かつては陸軍や海軍の艦艇であふれていただろう安治川沿いに、現在は大阪市消防局の船が。横浜でよく海保の船は見るけど、消防艇もかっこいい

こちらは安治川を横断する天保山大橋、かつ阪神高速湾岸線の一部。大きな船が行き来できるように桁下が高く造られていて、そのため台風やら地震やらの対策もしっかりとられた構造になってるらしい。自然災害大国ならではの知恵と工夫、まさに武器はたゆまぬKUFU。知恵と工夫は自身を救う

そんな天保山大橋の下に、目的地がありました。ここ港区築港から、対岸の此花区桜島を船で結ぶ、天保山渡船場!実はこれに乗ってみたくて、わざわざやって来たわけです

渡船場の説明版に、まさに天保山ができた経緯が。10万1200余人も動員して安治川の砂をさらったらしい。やっぱ市民たちにとったら印象的な出来事だったみたいで、工事をおこなったのが天保年間だったことから「天保山」を呼ばれるようになったと
で、渡船場のほうは1905(明治38)年に開設。戦時中は軍需工場の通勤路としても使われたとのこと

大阪市内には、今も8か所の渡船場が残ってて、丸い吹き出しがあるのがその場所
Geminiちゃんによると、大都市でこれだけ渡船場が残っている場所は他にないらしい。大阪で生き残った理由は、『渡船がある臨海部(大正区や港区など)は工業地帯であり、大型の貨物船が頻繁に行き来するが、高い橋を架けると自転車や歩行者が登れないほどの急坂になってしまうため、利便性の高い「渡船」が生き残った』とのこと。さすが水都大阪

渡船場の待合室には、他にもいろんな資料や絵が。夕立の荒波がすっごい。実は今日もえらい大雨なので、今から乗る船がこうならんことを祈る

フォントのように見える手書き文字が味わい深い。平日の第一便が朝6:15なあたり、今でも市民の通勤・通学の足になってるんやな

船が到着したので乗り込みます。乗客は子連れの方や女性同士のお客さんなど、いろんな顔ぶれ

乗り込むと意外と広い感じ。全面展望で開放感抜群

いざ出航!大雨で川は荒れ気味、天保山の大観覧車もガントリークレーンも終末世界みたいな雰囲気に。だがこれが良い

ウーバーの配達員さんが乗ってらっしゃったのも、現代ならでは

波がうねり飛沫が上がって、ちょっとしたアトラクション気分。大観覧車に乗るよりスリリングを味わえます。知らんけど

対岸の此花区桜島側に到着。こちらにも港湾ならではの謎の船舶?海上作業所?が

渡航時間はたった3分ほど。もっと長く乗っていたかったー!2往復ぐらいしても飽きなさそう

桜島側でもお客さんが待っていて、自転車を押している人や外国人観光客の姿も。昔は日本のあちこちに、こういう景色があったんやろな。今も残っていることに感謝

Zeppに向かって歩いていきます。途上にはやはり古そうな住宅がちらほら
さっきまでいた港区と同様、ここ桜島も造船所や港湾施設があったため、大阪大空襲で激しい爆撃を受け、大部分が焼失。戦後復興期に再び港湾地区として発展し、そこで働く人たちのための住宅や木造アパートが次々建てられたとのこと
ここから目と鼻の先にはUSJがあって、でっかいきれいなホテルが建ってるなんて信じられないような、昭和残照の光景。でも軍事拠点や港湾地区として、多くの人たちが働いたおかげで、今のUSJや天保山マーケットのような観光地が生まれたのは間違いないこと

そして桜島側から仰ぎ見る天保山大橋もすごかった。天気悪いのがむしろ絵になりすぎている。江戸時代の浮世絵師たちが今も生きてたら、まちがいなくこの橋も描いてたやろな

というわけでようやく到着したZepp Osaka Bayside!
2023年にCreepy NutsとDragon Ashの2マンライブに参戦したぶり、さらに2022年には旧ステのハマ単独ライブでも来た思い出の地。そして今回は、R指定もカムバックした梅田サイファー完全体でのワンマンライブ。Creepy Nutsも梅田サイファーもヒプマイを通じて知ったので、これぞ縁。つながる縁にほんまおおきに

ライブは撮影OKだったので何枚かだけ。開演前、ステージになんか見覚えのある模様が並んでるなと思ったら…

なんと梅田サイファー誕生の地でありかつてのサイファー場所だった梅田の歩道橋と、その後ろに建つ阪神百貨店がステージに再現されてて笑った。阪神百貨店のマークが、梅田サイファーのUCマークなのも最高
しかもこの日のライブでは、全員でフリースタイルでラップをつなげていってる時、ささらソロ曲やどつ本曲のリリックを書いてるコペルが「俺らは歩道橋の上でサイファーしてきたんやからお前らも歩道橋の上でサイファーしろ」とラップして、メンバー全員が歩道橋の上に集まるという激エモタイムが発生

本当にむちゃくちゃ楽しいライブやった。13人それぞれ個性が光ってて声もリリックもパフォーマンスも違うから、ずっとわちゃわちゃ楽しいし、マイクリレーも楽しい。KING、Switch、Odd Numbers、のちで、YDKなどなど好き曲いっぱい聞けたのも嬉しかったな
ライブ終盤にお知らせがあったとおり、梅田サイファーは来年の武道館公演をもって活動休止。ヒプステBoP2023の時も思ったけど、数多のコンテンツがお知らせもなにもなく消えていく現代、「これが最後」を予告してくれるのはものすごくありがたいこと。せいいっぱい楽しむぞ

いつも楽しい思い出をありがとうZepp Osaka Bayside。いつか現ステハマでの単独ライブも、ここで見れたらHappy

帰りの天保山大橋もかっこよすぎた。使徒かな?

おしまい

 

QooQ