おはようございます。本日は東京・蒲田にてハマサカライブ現地参戦ということで、ばっちりムビ特典ポストカードも用意して行ってまいりました
しかしスッとは蒲田に行かず、隙あらば見知らぬ土地を歩きたくなるのが私。というわけで大井町のホテルに荷物を置き、まずは京急の鮫洲駅へと向かいます
ところで鮫洲というおもしろい名前、由来は「品川の海上に大鮫の死体が浮き上がり、その腹を割いたところ、中から観音像が出てきた」からとのこと。海から仏像がパターンって、私が訪れた中でさえ何度か遭遇してて、福井県三国湊の海上出現観世音菩薩とか、大分県別府でも地震で沈んだ島から仏像が流れ着いたって伝説があった。昔は海の向こうは常世とかニライカナイとかいって、異世界扱いだったのと、来訪神信仰の影響でこういう逸話が全国に残ってるんやろな。この人、また諸星大二郎的な話してる!隙あらば諸星大二郎
ガードパイプが銀杏デザインなのは、東京都の木だから。東京はいろんなガードパイプがあってうらやましい
京急鮫洲駅の高架下。画面奥に続く街並みも、下町の雰囲気があって良い。生まれ育った神戸でも、よく三宮や元町の高架下を歩いていたので、高架下って場所には謎の親近感や魅力を感じます
お久しぶりの京急電車に乗って一路南下
降り立ったのは平和島駅。天井のアールや壁面のタイルがかなり良い味出してます。現在の駅舎は1961(昭和36)年に改築したものらしいので、かなりの年代物
さっそく違うパターンのガードパイプ発見。目ん玉か?と思ったけど、のちのち気づきました、シジミかなんかの貝類かも
でかい海苔屋さんを発見し、前回大森海岸を歩いたときに、このへんは海苔の養殖がさかんで今も海苔問屋があると知ったので、ほんまや〜と実感できて嬉しい
現在は美原通りと呼ばれている旧東海道を歩きます。通りには江戸時代創業の老舗和菓子屋さんも
旧東海道の看板を発見。東海道は京浜国道をはじめ道幅が拡張されたエリアが多いですが、ここ美原通りはかつての東海道の道幅をそのまま残してるようです
華やかな欄干の内川橋
ここで東海道と羽田道に分岐します
羽田道は名前のとおり、羽田方面へと続く旧道。ゆったりと曲がりくねり、昔のままって感じで大変良い
先ほどのガードパイプ、貝類では?と思った根拠がこちら。かつて羽田で獲れた魚介類は、この道を通って江戸市中に運ばれたそう
道沿いはマンションや住宅が多いですが、昔ながらの建物もちらほら
ブルーのトタンで覆われててかっちょいいなと思ってたら
別の家でもブルーのトタン壁が。流行ってたのか?
すごく大きな蔵っぽい建物もあったりして
で、大森町駅から京急蒲田駅へ。来るたび思いますが、京急蒲田駅って三階まであるでっかい高架駅でホームも三層構造になってて、なんか基地とか要塞みたいでめちゃくちゃかっこいい
京急蒲田駅から本日のライブ会場があるJR蒲田駅へ向かいます。が、ここでもちょっと寄り道。こちら、京急駅前の「柳通り」はかつて蒲田に花柳界があった名残との話があり、今も色っぽい雰囲気を色濃く残しています
昭和レトロなスナックやら風俗店やら。ファンタジー&パブハウスとは一体
ラブホもあり、立ちんぼっぽいお姉さんも。背後に立つ高層マンションとはかけ離れた光景、ここだけ昭和時空のまま
などと寄り道をしまくった結果、ライブ会場にはいつも通りギリギリにイン。ハマ単独ライブぶりの思い出の会場!しかも前日のDay1には、ステのハマキャストが3人揃って来てたとのことで、喜び倍増
祝い花がハマサカに合わせた青とオレンジできれい〜!!
そして大興奮の2時間を終え、前日ステハマのタックンさんとマスタクさんがいらっしゃったというファミマ前で立ち話。楽しかったな〜!!
ライブ後に友人たちとワイワイやりながら飲むビールはいつもの数倍美味い
次の日、バスタ新宿。朝から観光客や外国人で大賑わい。それもそのはず、ここは2016年の開業時点で118のバス会社が乗り入れ、1日の発着便数は最大1625便、行き先は39都府県300都市に及ぶ、日本最大の高速バスターミナル
電光掲示板には行き先がズラーっと並んでいて、地名を見てるだけでワクワクします。空港でも鉄道駅でも、行き先表示はワクワクする
出発まで時間があったので外に出てみたら、高速バスがひっきりなしに行ったり来たり!バスターミナル前なので当たり前のことやけど、テンション上がっちゃう
いろんなバス会社のバスが集まってて、見てるだけで楽しい。どうやらここが甲州街道とのことで、もちろん私の脳内には椎名林檎「依存症」が勝手に流れます。甲州街道からの渋滞が〜激化して日本の朝を見ました〜♪まさしく今、私も日本の朝を見ている
そして本日はこちらの草津・伊香保温泉行きのバスに乗って、いざ出発。47都道府県全部行くの旅、群馬編がスタート
夜行バスでも必ずサービスエリアで降りてブラつくのが趣味なんですが、このたびの上里サービスエリアではボリューミーなフルーツサンドをゲット。チョコバナナ味です。クリームたっぷりで美味しかった
新宿から2時間半ほどで、群馬県の伊香保温泉に到着。バス停すぐそばに本日のお宿があり大変ありがたく、しかもこの佇まい。おそらく増改築による謎の構造や出っ張りがあって大変ウキウキさせられる
遅めの昼飯にとさっそく街歩きを始めれば、そこはもう廃墟天国でございまして。わざと伊香保温泉のメインエリアである石段街とは逆方向を歩いてるからというのもありますが、探す必要もなくそこらに廃墟があります。この瓦屋根とはミスマッチにも思える円形の玄関なんか最高
木々に呑み込まれつつある家
こちらも植物に覆われてはいますが、現役のおそば屋さん
日本酒の八海山があったので冷やで頼んだら、かような酒器でおつまみとともにお出しいただき、完全優勝ですありがとうございました
三色天そば、大変美味でございました
街歩きを再開します。こちらはおそらく現役のホテルが、外観に傷みが見てとれます。アシンメトリー感がとても良い
駐車場の下が古代神殿みたいになってたのもポイント高い。坂が多いというか、そもそも榛名山という山の傾斜地に位置するため、ずっと坂なので、こういう高低差を利用した構造が多いんやろな
それにしてものどか〜〜通りすがりの中学生にこんにちはーって挨拶してもらい、まるで母方の田舎を歩いてる気分。あと山の中腹なので、抜群に眺望が良い
グーグルマップを見てると双体道祖神があったので気になって見に来てみました。双頭一身かと思いきや、普通に二柱の道祖神っぽい
庚申塔とともに。庚申塔は道教由来の庚申信仰に基づき、健康長寿などを願うものですが、関西で見かけることはほとんどなく、関東に多いなというイメージ。彼岸花がまた良い彩りを添えてくれている
さて、ここまで山をくだってきたので、今度は温泉街のメインエリアへ向かってのぼっていきます。見上げる先の斜面にへばりつくように林立する建物が見えて、いかにも温泉街らしい好きな眺め
この生活道路の続く先にも廃墟があって、おそらくかつては田畑やったんやろなという土地があって、でも今は人の手が入らず植物が伸びるままになっており、日本中にこういう光景が増えていってるんやろな
渋川市立伊香保小学校の門柱が大変歴史ある雰囲気だったので思わず撮影。戦時中の建物の敷地跡とかで見かける感じ。いつの建立やろと柱周りを調べたんですが、ちょっと文字が読み取れず。Webサイトによると大正3年に新校舎に移転、昭和10年に新校舎落成とあるので、その時代のものかも
ファミリーショップという何屋か不明のショップ。「うぶかた」のフォントもイカしてます
かつてはモダンなホテルやったんやろなという佇まい
ホテルだけじゃなくアパートの廃墟も
ツタに覆われつつある人工物というのは非常にロマンティック
こちらのかなり大きなホテルも、入り口は植物によって完全に封鎖されていました
ひとめで廃屋とわかる雰囲気ですが
近づいて見ると、玄関灯もドアもオシャレ
窓辺には大量のワンダフル。平成30年あたりまでは、まだなんらかの施設として使われていた様子。10年もたたずにこんなに傷んでしまうものなんやな
いつも通りマンホールを探してたら、温泉地ならではのマンホールが。伊香保温泉は「黄金の湯」と「白銀の湯」の2種が湧出しているらしい
ぐるりと回り、ここからようやく温泉地のメインエリアへ向かっていきます
ドデカ室外機が良い味出してる
道路を挟んで向かい側の建物も気になる感じ。なんとも妖艶な雰囲気があります
近づいて確認。後年はクリーニング屋だったようですが
ベンガラ色の窓枠がいかにも色っぽい。大変良き物件
公民館の奥に再びの唐申塔、といろんな塚。岩手の遠野でもいろんな石碑を見たが、関西人から見るとやはりこういうのは関東とか東北に多いなというイメージ
ふと気づけば足元に軌道跡が!そして何やら車両も発見
明治43年から昭和31年まで、渋川と伊香保を結ぶ路面電車が走っていたらしいです。知らんかったー!
こんな路面電車で山を上がってくるの、車窓からの景色めちゃくちゃ良かったやろな。乗ってみたかった
実際に走っていた車両の内部を覗き見。運転席のベルといいハンドルといい、当時を感じられて素敵
コンパクトな車両ながら、きっとたくさんの人を運んできたのでしょう
そして伊香保温泉の石段街をえがいたマンホール発見。これぞ観光地のマンホール、全面イラストの贅沢仕様
石段街に向け、山腹をのぼっていきます。女子会にも!と書かれていた廃墟
全体的に恐い、青山のフォントがとくに
すっかり草木に覆われた廃道も。先の方に建物が見えたので、ここにも旅館か店舗かがあったのかも
ようやく石段街近くにさしかかった途端、大物の廃ホテルがドーンと登場
メインエリアに近く人通りも多いので、外側はなるべくきれいにしてあるが、玄関の内部はボロボロの様子
もう一方の玄関。軒先のしつらえも窓の欄干のデザインも素敵。立派なホテルやったんやろな
ホテル併設のカフェか何か。それにしても地面の急斜面っぷりがすごい、大体ずっとこんな感じ
隣の建物と接する外階段が、めちゃくちゃ良い雰囲気の廃墟っぷり
放置されたソファもポイント高い。なぜ廃墟ではソファを外に出したがるのか
鉄格子にもセメントにも絡みつく植物。そのうちすっかり草木に呑み込まれてしまうんやろな
ドバドバと水音がしていたので辿ってみると、温泉が流れてるっぽい場所を発見
「黄金の湯」が流れてました。手をつけてみるとあったかくて気持ちいい。ライブ参戦後に来たのでめちゃくちゃ夏服だったんですが、この日の伊香保の気温が18度とかで、肌寒いというより普通に寒かったため、手をつけるだけでも癒されました
振り向けば素晴らしき眺望。だいぶ山の上のほうにのぼってきたんやなと実感
石段街に向かう通りには、昔ながらの看板がちらほら
飲み屋がひしめいていたっぽい小径も旅情たっぷり
小径の奥には完全に昭和で時を止めたラジオ店が
なんともかわいい豆タイルの残骸
スナックとか飲み屋さん系の建物があったんかな
それにしてもあっちこっちに廃墟があります。岩手の台温泉は狭いエリアに廃墟がギュッと集まってる感じで、兵庫の有馬温泉は広いエリアに廃墟がちらほらある感じでしたが、伊香保温泉は広いエリアの至るところにいろんなタイプの廃墟があって、まったく見飽きない
もちろん中にはこんな風に、古い建物を今風のカフェにしているお店も
めっちゃかっこいい「イカホ」フォント
ここがメインエリアの石段街。道の真ん中の出っ張り内には「黄金の湯」が流れていて、ガラス窓から覗き見ることができます
石段街も一本脇道に入ればこの雰囲気
おそらくスナックだったお店。二階は見事なタイル貼りやったんやろな
タイルが残ってる廃墟も。ここらへんは特に昭和残照で美しかった
少なくとも平成17年までは営業していた様子
石段街からの眺めも抜群。奈良の生駒新地を思い出す
目抜通りにおもいっきり廃墟があるのも生駒新地っぽい。この旅館も外観からして凝った意匠。中に入ってみたいなぁ
伊香保温泉の発祥は諸説あるようですが、戦国時代に「長篠の戦い」で敗れた武田軍の療養のため、武田勝頼(信玄の息子)が真田昌幸(幸村の父)に石段街を整備させたとのこと。こんなところでおやかたさぶぁああ!と繋がるとは
さて、夕暮れの気配が迫ってきたので本日のお宿へと戻ります。これは温泉とは関係ないですがクリニックの廃墟。まだまだきれいなのに廃墟化してるのめずらしいなと思って
帰路でも気になる路地やら何やらが
県道に面している住宅もこのとおり、人の気配はなく沈黙の佇まい
絵がハゲハゲで怖い。夢二の絵ってこんなやっけ…
本日のお宿ではありがたいことに、昼間見た路面電車の説明書きが。かつてはこんなにも路面電車が走ってたんやな
しかも路面電車が走ってた当時の写真と、同じ角度から写した今の景色の展示も。写真撮った方、わかってらっしゃる
路面の軌道跡がそのまま車道となっているのがわかる。山あいを走るチンチン電車、素敵な光景やったやろな
お宿のエレベーター内装が良すぎて思わず撮影。昭和建築物のこのアールの多用と独特のSF感、たまらない
温泉にゆっくりつかって、群馬地酒のカップ酒をいただきました。赤城山といえば大日本帝国海軍の空母赤城、そしてエヴァの赤城リツコを思い出すオタク
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