福井旅行②

2018年9月2日日曜日

t f B! P L


まだ白い月が薄らと残る早朝、芦原温泉を発ち、福井のローカル線「えちぜん鉄道」に乗って三国湊へ
日本酒の名前としても有名な九頭竜川まで歩きました。上の写真、川です。めちゃめちゃ広い


九頭竜川という名前から、昔から多くの分流があっただろうこと、そして氾濫による水害が多かっただろうことも伺える。しかし水の恵みも多く、水運による物流などで栄えた街
河岸には舟小屋らしき古い家並みが見られ、この川とともにずっと暮らしてきたのだろう人々の営みがうかがえる
川ではありますが河口なので日本海にほど近く、潮の香りもあり、風が強く波が高かったです




地元の神社でまずはご挨拶


三国には寺社仏閣がえらくたくさんあったんですが、わりと子連れの狛犬をよく見かけました。地域柄?そういえば子宝・安産の霊験あらたかという地蔵堂もあった


早朝の町をぶらついていると、なんとなく奥に誘われてしまうような路地が


足の向くまま行ってみると、観音寺がありました


「海上出現」というあまりにも興味を惹かれる言葉
気になったけど説明書きとかは一切なく、それでも境内やお堂はきれいに掃除され、地元の方に大切にされてるのがよくわかる
いまググってみたら「三国の昔話」という本に「海上出現観世音菩薩」という項目があって、まさにこれー!めっちゃ読みたい



三国は町中にほんっとに寺社仏閣が多くて、ちょっと歩けばまた寺社!て感じでした
たぶん昔から寺社の力が強かったようで、寺が城郭として使われていた模様


こちらもお寺の入り口





町中のあちこちに古く美しい建物が


店の看板がめずらしいくり抜き型


蔵の横に、火消し用であろう用水と書かれた石造りの防火水槽


三国には2ヶ所の廓、いわゆる花街があって、この見返り橋は廓に向かう人がやっぱやめとこうかな〜どうしよっかな〜と後ろを見返った場所といういわれ。色っぽい話だ


こちらは思案橋で、やはり花街に向かう途中に思案した場所。橋も道路も舗装されてきれいやけど、まっすぐじゃない家の並びはいかにも区画整理されていない昔のままといった感じ





三国湊の誇る豪商のひとつだった旧岸名家
中をぐるっと自由に見学できますが、ボランティアの方の丁寧な解説がとてもおもしろかったのでぜひオススメ


まずは店の入り口。やたらに低いこの戸口


店の内側から見ると、実はこのようにすべて引き上げて、出入り口を大きく開放することができる
これ、わざと戸口を小さく低くすることで、客が一人ずつしか入れないようにして混雑を避けていたのに加え、長い物(いわゆる刀剣のたぐい)を差したままでは入れないようにする工夫だとか
入るのにいちいちちょっと屈んで難儀するので、時間稼ぎにもなったとのこと。なんのための時間稼ぎかは、そりゃまぁ豪商やし、いろいろとあったのでしょう。役人相手にしろ、強盗相手にしろ


土間は奥まで続き、昔は九頭竜川までつながっていたんだそう
材木商だったので、川を使って運搬してきた材木を店に効率よく運ぶためやけど、やはり川の氾濫でたびたび浸水することがあり、そのためかまどが一段上がったところに設えられている


この棚も、浸水したときに持ち出せるように下の部分が車輪になってるってゆう。浸水の多い土地ならではの知恵


明治になってからポンプがつけられたが、昔は組み上げ式だった井戸


こちらも近年に作られた五右衛門風呂。メイとサツキの家みたい


家人用のせっちん。豪商らしく、当時高価だった瀬戸物製
お客様用のトイレは他にちゃんとあって、ちょっとした庭付き、手水もあり、しかも水琴窟までありました。音聞かせていただいたけど、涼しげないい音でした。水琴窟はメンテナンス費もかかるらしく、やはりお金持ちの家にしかなかったんだとか


船に積む金庫である船箪笥
船が遭難して沈むようなことがあったとき、船頭さんはこれを海に投げ捨てたそう。基本木製なので水に浮き、使われている木材が桐なのは、水を吸うと膨張するので船箪笥の中身を守れるからだとか。嵐の去った後に海面に浮いている船箪笥を回収し、おもて面の家紋でこれはどこどこの家のだとわかったそう


今でも町の人々が集まるようで、この日も朝から多くの人の出入りがあり、挨拶を交わすにぎやかな声が部屋のなかを吹き抜けてました
こういう光景は100年前も200年前も変わらんのやろうなぁとしみじみ


上の仏間からは中庭が見渡せ、景趣が目をなごませる
と同時に、母屋と倉庫(奥に見える建物)のあいだに中庭を作ることで、火事が起きたときの延焼を防いだんだそう
まさに美と実用性を兼ね備えた設計


二階より



家長の方が俳句が趣味やったらしく、二階で句会を開いていたとのこと。その時の様子が再現されてました
前述したように三国には花街があり、そこの芸妓だった女性が非常なる俳句の才があって、歌川または歌仙と雅号を名乗り、江戸まで一人旅したり、三国に戻るときには惜しまれて土産物をたくさん持たされたりしたらしいです
かように三国では昔から俳句などの文学が盛んで、今でもその血は受け継がれているよう





岸名家をあとにし、三国まち歩きの続き



一階の窓下の壁の模様がとてもいい



この建物はまだ人が住んでいらっしゃいました。古いガラス戸の独特の、たわみというか手作りならではの不均等感によるあたたかみが感じられる



ここも現役の旅館。風情ある格子戸と独特な二階の窓。窓ですかね?


三国湊は「山車」を曳き回す祭りで有名らしく、町中のあちこちにでっかい山車の収納蔵がありました。山車は地区ごとにあって、何台あるかは地元の人さえ知らないとおっしゃっていた


これは遮那王と武蔵坊弁慶の山車


こちらでは盆栽を展示してらっしゃった


煙草屋さんの跡がとてもいい。下部分の石といい



二階のガラス窓が印象的なデザイン


こちらもめずらしい文字切り抜き看板
上2行は右から左、商店名は左から右に読む不思議


一階の屋根部分のデザインがおもしろい
側面の壁もなにやらすごいです。なんでこういう構造、デザインなんやろう?単にデザインなのか、それとも役割があるのか


まち歩きしていて目に付いたのが、軒先に飾られたこの俳句たち


たぶん町の方々の詠んだ俳句なんかな?町ぐるみでこういうことしてるのがとっても素敵


俳句と一緒に飾られている刺繍というか立体的な飾りもいろいろあっておもしろい






旧森田銀行本店
中世以来、廻船業を営み湊の発展を支えてきた豪商森田家が、明治時代に入り廻船業の衰退を察知し、森田銀行を創業。この建物は大正時代に建てられた新本店
こんなに美しい建物なのに、近代に入って行政から保護を受けることなく荒れるにまかせていたらしく、町の人たちの手によって2億円かけて改修されたとのこと
ここでも解説してくれたボランティアの方が熱意ある方で、こんな風に町の人たちの想いによっていろんな建物や景観が守られているんやなぁと


中は二階まで吹き抜けで、漆喰の白い壁と天井が美しい
天井の模様は野アザミで、欧州などで金運を呼ぶ花?とかで、よく金融業のデザインに使われるものらしい
この建物は横浜の設計士の方をわざわざ呼んで建てたものらしく、横浜にも同じようなデザインの建物があるんだとか


構造的には必要のない柱で、ただの飾り柱やけど、このマーブル模様は左官職人さんの手によるものらしく、こういった技術はもう残ってないんだとか


カーテンの模様もおもしろいけど、カーテン上の木枠部分の象嵌が、通常は金銀とかで作られるのに、これは木材を使っての象嵌


棚の中面に貼られた豪奢な更紗。取っ手部分は螺鈿というこだわり


二階へ上がる部分。デザイン過多じゃなく、抜く部分は抜けていてゴテゴテしてないから全体に品が良い雰囲気


二階は会議室&貴賓室


ここの床の模様もおもしろい


壁にはやはり木材で作られた象嵌


二階から見ると、天井の野アザミの中央部分が立体的に盛り上がってるのがよくわかる







たどり着くのになぜかめちゃくちゃ迷った三国神社。三国を代表する神社で鳥居も門もとても立派ですが、人っ子ひとりいなかった



どっしりとした幹のご神木


堂々とした門の威容。三国の興隆を感じさせる



大工さんの仕事っぷりがすごいです
神社の門でここまで立派なのは見たことがないかも


境内に人の気配はなく、蝉の音がこだまするだけの静謐な空間でしたが


なんかところどころにオカルトなオブジェが


学生のアート作品とのことですが、神社の雰囲気とマッチしててけっこう不気味感だしている



拝殿の彫り物は龍とかが多いけど、めずらしく猿。網が張ってあるのは「猿が逃げ出さんように」と地元の方談


往時は茶店や休憩どころもにぎわい、人の姿も多かったことやろう。いまは社務所もすべて閉まっていてあまりに寂しく、それでも緑に包まれた空間は厳かでより自然の神様に守られている感じがありました






えちぜん鉄道の三国神社駅のホーム。ローカル線らしいのどかな景色


車窓一面に広がる青空と緑の美しさったらなかったです






敦賀に戻る途上、乗り換えの待ち時間があったので再び福井駅で降り立ち、昨日はちらっとした見れなかった福井城へ
待ち時間があったら昼飯をとるのではなく城を見に行く女。どうもべいたです
福井城は徳川家康の次男、結城秀康のお城で、内堀は当時のままだそう
現在は内堀内には県庁や警察庁が建ってました


天守閣跡地も見に行ったけど急いでたから写真撮るだけになってしまった


おもしろかったのがこの御廊下橋
本丸と西三の丸をつないでいたこの橋、昔からかように屋根がついていたらしく、史実に忠実に復元したんだそう。いろいろお城見に行ったけど、こういうのは初めて見た






敦賀駅に降り立って、ようやく昼ごはん
越前そばと海鮮丼をいただきました。おろしがピリッと効いててンマーーーイ!


駅前で自衛隊のイベントをやっていて、トラックに乗せていただきました


乗ってるあいだいろんな自衛官の方がいらっしゃって、どっから来たの?大阪?こいつ大阪出身だよ!とか、車に興味あるの?て聞かれたので「というより自衛隊さんに興味があって、海自さんの護衛艦とか見に行ったりしてます」つったら「僕、海自です!」つって海自の方が現れたり、あそこに自衛隊の事務所あるから来てくれたらお茶ぐらいだすよとか、あいかわらず自衛官の方々は大変フレンドリーでした
そういえばヘルメットもかぶらせてもらった。フレンドリーにもほどがある






その自衛官の方々に、祭り見にきたの?と聞かれ、祭りがあるなどとはまったく知らなかったけど、これもご縁とばかりに行ってきました
敦賀で一番おおきい祭りとのことで、神宮までの道一帯にずらーーーっと出店がでて、とにかくすごい人
祭りの中心地である氣比神宮もすっごい人だかり
つい数時間前にいた三国神社とは全然雰囲気がちがってて、こちらは祭りの喧騒感ったらなかったです。基本的に静かにゆっくりとお参りするのが好きやけど、こうやって人がたくさんおったり、特別な祭事のときって、またご利益ありそうな感じというか単純に活気とパワーがあっていいなと


ようやく拝殿にたどり着いたけど、お賽銭箱までまた行列
朱塗りの柱が緑に映える


拝殿の左右に掲揚されていた立派な御旗


御朱印もいただきました。書体かっくいい〜〜
帰りは無事に新快速1本で帰ってきました。現場からは以上です

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