六甲山の廃ロープウェイ、有馬温泉の廃墟群、大正時代のダムを見に行く

2024年12月21日土曜日

t f B! P L


本日、神戸市は六甲山周辺。生まれ育ちが神戸なので学校行事とかで来たことは何度かあるものの、逆にプライベートで来たことがなかった六甲山。まずは麓の六甲八幡神社で恒例のちょっと土地にお邪魔しますねのご挨拶。素朴で良い石柱、良い注連縄

こちら拝殿も立派ですが、その奥にある本殿は、奈良県・春日大社の式年造替で建て替えられた旧社殿を賜る「春日移し」によってこの地にやってきた春日造で、兵庫県下では唯一の建物とのこと。すごい、おもわぬレア建築物。「春日移し」って名称もかっこええやんけ(このオタク、「還内府」のことを思い出している)
さらに主祭神の八幡大神は、九州の宇佐八幡か京都の岩清水八幡宮から勧請してきたっぽいが、天照大神は勧請元の二社では祀っていないのにここでは祭神の一柱としているらしく、おそらく元々この地で祀られていたのが天照大神だったのかも?という、非常にロマンがある話

兵庫県のなかでも有名な酒造地が集まる灘五郷にある神社なので、酒樽も豊富。実際、徳川幕府時代には江戸から灘の清酒を求めてやってきた酒問屋たちからの信仰も厚かったようで、何人もの有力な酒問屋の名が参拝記録に残されてるそう

稲荷宮の雰囲気も大変良かった。この奥に奥に引き込まれる感じの鳥居。何か得体のしれないモノが待っていそうで、それでも惹つけられてしまう空気感

お参りをすませてバスに乗り、六甲ケーブル下駅までやってきました。ここでケーブルカーに乗り換え
後から知ったんですが、六甲ケーブルは改修工事のため2025年1月〜4月まで全線運休するらしく、2024年のうちに行っておいてよかったー!工事後には、今回の目的だった廃ロープウェイも見れなかったかもしれないので

ログハウス風のでっかい駅舎とレトロな車体、とってもマッチしている。ここだけヨーロッパの山岳地帯みたい

ケーブルカー独特のこのとんでもねー角度がついた車体、大好き。「乗車場所(およそ)」が良い味だしてます。そして乗客の半分ぐらいが外国人の方でした。人気でうれしい

さっそく出発。窓が大きくて見晴らし最高です

こんな山深い場所を切り拓いて走ってるんやなぁとしみじみ。こういう難所でレール敷設工事する方々とか本当にすごい

たくさんの隧道も通過

複線化区間にて、くだりのケーブルカーとすれ違い

雨でけぶってますが、灘の海も見えます。それにしてもすごい急斜面。スリリングな光景だ

こんなふうに天井も窓になってるので、紅葉シーズンとか視界ぜんぶが眺望抜群でしょうね

10分ほどで六甲山上駅に到着

駅ホームの壁に、なんかめっちゃ古そうな銘板が。どうやらイタリア・ミラノの会社名っぽい。設計及製造という文字も見えるので、ケーブルカーの建造やレール敷設に携わったとこかな
六甲ケーブルカーは1932年(昭和7年)開業。他のケーブルカーと同じく戦時中は不要線として休業したり、水害や阪神大震災によって被災したり、いろんな苦難を乗り越えて今もなお運行を続けてくれている、地元民にも観光客にもありがたいことです

そしてホームから見えるこちらが今回の目的のひとつ、休業して20年が経ちこの度の廃業が決まった、六甲有馬ロープウェイ・表六甲線の表六甲駅。ブルータリズムな建築でかっこいい。駅舎内で休んでる赤いゴンドラが見えます
六甲有馬ロープウェイは、1970年(昭和45年)開業。かつて表甲線・裏甲線の2本で六甲山上と有馬温泉を結んでましたが、表甲線のみが2004年に営業休止。その後、運行再開することなく2024年についに廃業が発表され、2025年から駅舎や鉄柱などの撤去作業が始まるとのこと。つまり20年間、山の中で眠り続けていた廃ロープウェイの姿が見れるのも、おそらくこれが最後

そういうわけで本日は六甲山上駅から、地図上では右方面へと進み、かつてロープウェイが通っていた天狗岩駅、そこから北上して六甲山頂駅までを歩きます

ところで廃ロープウェイ駅に向かう前に、ケーブルカー六甲山上駅の駅舎がとてもすばらしかった!ご覧ください、この雰囲気。1932年(昭和7年)開業当時のままなんだそう。時計も照明もノスタルジック


こないだ訪れた摩耶観光ホテルと同じ、アールデコ様式の建築物で、近代産業遺産に登録されてるとのこと

この扉と窓枠の雰囲気も大変良い。かつては奥側に見える広めの扉から、ロープウェイの表六甲駅につながっていたそうです

階段の丸い穴とかたまらない


何人もの人が昇り降りしてきたことを感じさせてくれる床

こんな良い建物だなんて先に教えといてほしかった。全然駅舎から出られません

外に出たら出たでこの外観。ファンタジーゲームに出てきそう。雪がちらついてるのも、めちゃくちゃ絵になる

しばらくしたら晴れてきました。それにしても独特の存在感のある建物です。玄関の迫り出し方が本当におもしろい。思わぬ良き出会いに大興奮

すぐ近くにはとっくに廃業している感じの食事処っぽい建物が。ロープウェイが営業していた頃は、ここも人で賑わっていたのかも。というか、このあと思いがけず山中でたくさんの廃墟に出会うことになります

見晴し台から見た、廃ロープウェイの駅舎。忘れられた古代遺跡感があってかっこいい。駅舎だけでも解体せず残してほしいけど、安全面やらの問題で難しいんやろなぁ

そして車道に沿って歩き始めるとさっそく!廃ロープウェイの鉄柱のひとつがドドーンと!

車道から少し山道のほうに降りて見上げてみると、大迫力。あきらかに錆びついてますが、冬空の山中でいまだ鋼鉄のロープを健気に支え続ける姿に、なんか泣きそうになっちまう

20年間、運行再開を待ってこの地に立ち続けたが、叶うことなく解体される運命に

今では木々が生い茂って、とてもゴンドラを運べない状態。こういう侘しさが廃墟物件の良さのひとつ

鉄柱のそばにあった電気系統のなにか

山歩きを続けます。なんかすっごいお屋敷あるなと思ったら「毛利」の表札に「長州会」…なるほど……

こんな感じの冬らしい寂寞とした風景が続きます。ほぼ車通りもないけど、たまーに登山客の方とすれちがったりして、考えたら当たり前ですが皆さんちゃんと登山服を着てらっしゃったり、登山用の杖をついてらっしゃったり、私のように街中の格好してるナメプ野郎は一人もおらず。そしてこのナメプ野郎はのちのちちゃんと山の洗礼を受けることになります…

冬枯れの木々のあいまに覗く、なんらかの水門。自然物の中に朽ちた人工物がある景色は、なんともロマンがある

紅葉もいろとりどり。大阪の都心で過ごしてると忘れてしまう季節の彩りがたくさん

表札からみて、某保険会社の保養所だったらしき建物。歩いてるうちに、山中にこんな感じの企業施設やヴィラなどの別荘がたくさん建てられてることに気づいたんですが、その多くが廃墟化してました。かつて避暑地として親しまれた六甲山、時代の移り変わりとともに人の足が遠のき、忘れ去られていく建造物は、決して廃ロープウェイだけじゃなかったんやな

伸び放題の木々に見え隠れする古い建物…サスペンスやミステリーの舞台になりそうでとても良い

ひとつ谷を越え、車道から山道へと入っていけば、廃ロープウェイの2つ目の鉄柱を発見

こちらは鉄柱の足元をくぐり抜けられる道がありました。とはいえ…

あちこち錆びついていて、たぶん強度的にけっこう危なんやろなぁ。何百kgとありそうな鉄骨なので。そのうえ鋼鉄のケーブルも支えてるわけやし

それにしてもかっこいい姿。錆びてなお凛としている

さらに誰もいない山道を進んでいくと、ようやく見えてきたのがこちら。廃ロープウェイの山腹の駅だった「天狗岩駅」。Googleマップだけを頼りに歩いてきたので、見つけたときは「ほんまにあったー!」と感動でした

放置されたままのゴンドラとホームに、好き放題絡みつく枝葉。すばらしい情緒

けっこうおっきいゴンドラやったんやな。20人ぐらい乗れそう

当時はめちゃくちゃ眺望の良いロープウェイ駅だったでしょうねぇ

駅舎のほうも良き情緒っぷり

休業のお知らせが貼り出されたままになってました。今は使われていない裏甲線という名称も見られます

のぞきこめば階段の向こうに「天狗岩駅」という駅名標が!間違いなくここが駅として機能していた証

ホームに着いてから階段で屋上に上がって景色が眺められるように、展望エリアでも作られてたのかな。まるで自分が天空にでもいるような眺めの良さだったでしょう。想像が膨らむぜ

手すりもボロボロ。でもよくある廃墟みたいに、ボヤで燃やされたりラクガキされたりしてないから、本当に自然と朽ちていってる感じ

駅名標をもうちょっとアップで。かつてはたくさんの人を運んでただろうゴンドラも、20年ものあいだ次のお客さんをここで待ち続けてたんやなぁ。そして二度とお客さんを乗せることなく、賑やかな声が駅舎に戻ることなく、役目を終え撤去されてしまう。物も人も必ずいつかは消えてしまう、でも思い出や記憶という形で、誰かの心には残り続けることができる

良き廃墟風景を眺めながら、ここまでカイロ代わりに私の手を温めてくれたホットココアで小休止。年末は急きょ引っ越しを決めたり身内の不幸があったりバタバタしてたんで、六甲に行くかどうしようか迷ったけど、来年にはロープウェイの解体が始まっちゃうから今のうちに行っとかんと!見れんくなる!と思って予定ねじ込んで本当に良かった。この駅舎とゴンドラを見れたことが人生の宝のひとつ

車道に戻って、さらに山を登り北上していきます。またしても宿泊&レストランとかの複合施設っぽい建物を発見。ここは営業してるのかと思いきや

壁面と障子のボロボロ具合から、やはり廃業している様子。本当にこういう建物があちこちにある

どうやら「六甲スカイヴィラ」という複合施設で、2022年に営業終了したまま建物が放置されている模様。ロゴのフォントがとても良いです、1970年代サイバーパンク感

そして唐突に現れるネコバス。六甲ミーツアートという現代アートイベントが毎年開催されてるので、それ関連かも。にしても目ん玉が。とても怖い

こちらは別荘がいくつか集まった区画、ですがこの退廃的な雰囲気。たまりません

こちらもかっこいいフォント。「ゴールデン」という名称に往時の賑わいが偲ばれる

ところでこの辺りから雨が降り出したと思ったら一気に雹、そして雪になって、横殴りの吹雪のなか、必死こいて坂道を駆けのぼるはめに。人間てえらいもんで、真に必死な時って写真撮ったりするの忘れるんですね。自分が山を登っているということを忘れてました。ナメプ軽装野郎はこうして痛い目を見るわけです
ようやく吹雪がやんだ頃にはスノーパークやらスキー場やらの施設が見えて、そら雪も降るし寒いわなと

そんな中、ようやくたどりついた現役稼働のロープウェイ駅舎にどれだけ感謝したことか。今日この駅にこんだけ必死な思いして辿り着いたの多分うちだけやろ、という謎の達成感を味わえました
廃業になった六甲有馬ロープウェイ・表甲線は、この駅で裏甲線にバトンタッチして、さらに山を越え谷を越えた向こうの有馬温泉につながっていくわけです。その証にというか、駅舎の上側に見えるのは廃線である表甲線のゴンドラ。現役の駅舎に廃線のゴンドラが保存されてるなんてすごい

しかも廃業となった駅舎が一般公開されているので、間近で見ることができます。とてもありがたい!廃駅舎と現役駅舎が一体となっているからこそ可能な静態保存
駅名標に「表六甲駅」「天狗岩駅」と記されていて、ケーブルカーを降りてからずっと歩いて見てきた廃駅たちが、実際に使われてたんやなぁと感動。ほんまにここまで繋がってたんや…ずいぶん遠くまで歩いてきた……

ゴンドラは廃駅に安置されていたものと同じ種類なんかな。近くて見るとやっぱでかい

内部はベンチもあってかなり広々としてます。全面ガラス張りで、良い眺めやったやろな

駅舎奥の操作室には、おそらく当時のままの操作盤や古い型のパソコンなんかも

今にも動き出しそうなぐらい、きれいに保存されてる。廃墟となった天狗岩駅を見てきたところなので、ギャップがすごい

現役駅舎の待合室からもよく見えました。乗ってみたかったなこのゴンドラ

山の麓から乗ってきたケーブルカーと、今から乗るロープウェイのチケットを記念に

さてこちらは現役のロープウェイ。今っぽくてかっこいいデザインのゴンドラ、スイス製で日本初導入とのこと

出発前からすでに眺めが良い。ワクワク感が高まります

ロープウェイって当然どれも眺望抜群ですが、こちらのスイス製ゴンドラは谷側にステップが一段下がってるため、視界下側が広く、より下降していく時の迫力がある感じ

六甲山頂から眺めおろす深い谷と有馬の街並み、すばらしい。乗客みんな思わず声を上げてました。そりゃ声も出る

到着する手前あたりが一番角度が急ですごかった。今更ながら、こんな山深い土地でどうやってロープウェイのケーブル通したんやろ
六甲ロープウェイ表甲線は、バスに客を取られて廃業になってしまったけど、こうしていろんな乗り物が繋いでくれてるから、日本全国いろんな土地へ行くことができる。六甲山中で吹雪に見舞われた時、もう少し歩けばロープウェイに乗れる…!という希望だけで足を前へと運んでいたので、公共交通のありがたみがひとしお身に沁みる

そういうわけで有馬温泉駅に到着し、温泉街に向かって歩いて行きます。マンホールはゴンドラに紅葉に有馬川、まるで花札のように整ったデザイン
ところで神戸っ子からすると有馬が神戸市ってイメージあんまないんですが、というのも元々このあたりは有馬郡と称され現・三田市と同じエリアに属し、有馬が神戸市域に入ったのも第二次世界大戦後なので、かなり近世というイメージ。有馬が神戸っぽくないとかそういう話じゃなくて、それだけ六甲山という存在が偉大で、山を越えた先は別の国と文化が広がってるという感覚。これは日本各地で同じく感じられることと思う。四国とか山ひとつ越えただけで方言も全然ちがうし、それだけ山というものが文化風習を分断してたんやなと

温泉街に向かう途中で出会った、最高に雰囲気のある鳥居と祠。なにがしかの怪異を期待してしまう。そんな鳥居の横にあったのが

「鳥地獄」という石碑。なんともおそろしいネーミングですが、この地はもともと温泉とともに炭酸ガスが湧いていて、鳥や虫が近づくと死んでしまうことから「鳥地獄」「虫地獄」などと呼ばれたそう。他にも天然ガスが湧く土地で、そうとは知らずにキセルを吹かそうとしたら炎が爆発し、狐火だと恐れられた、なんて逸話もあったりするから、自然科学が広まっていなかった頃の世界は本当に神秘と不思議に満ちてたんやろなと想像する

で、こちらが炭酸泉源

この炭酸泉を発見した経緯がおもしろかった。明治6年、横浜の平野留七という人から「このへんで炭酸ガスを含んだ泉が湧いてる」と聞いた地元・湯山町の梶木源次郎は、人々が毒水と呼んで近づかなかった泉のことを思い出し、役所に申請して温泉を開いたとのこと。まさかの横浜の人がきっかけ

小道を散歩しながら宿に向かう途上に、鬼瓦がたくさん。このあたりはお寺が並んでいた界隈で、魔除けの鬼瓦のいろんな表情を見ることができます

こうやってツノが折れてたり、どっか壊れてたりするの、なにがしかの魔や邪気から身を挺して守ってくれたんかなーなどと想像しちゃう

布団干しっぱなし系廃屋。まるで住人だけが忽然と姿を消したかのようでドキっとする

軒下に水路が渡され、もくもくと湯煙が立つ、いかにも温泉街らしい風情。地図も見ずにこういう小道を心おもむくまま歩いていくのは楽しい

石畳も石垣も温泉街らしさ

小道をたどっていくと謎の構造物を発見。大分別府とかにある、温泉の蒸気で野菜蒸したりするやつかな。複雑に入り組んだ家々も大変良いです

宿にチェックイン後、神戸牛のハンバーグを堪能。ハンバーグはもちろん、有馬ヴァッサーというビールがめちゃ美味しかった。生ビールを有馬サイダーで割ったものとのこと

腹ごしらえも済み、徘徊を再開。こちらは苔むし方が芸術点高すぎる鳥居

何気なく説明板を読んでたら、は、波夷羅大将!?もしかしなくても波羅夷空却はここから来てますか?ナゴヤ界隈では常識かもしれんけど知らんかった…
波夷羅大将は、薬師如来十二神将の一神とのこと。そういえば前述の鳥地獄のそばに稲荷神社があって、有栖川宮家の崇敬厚く、と書かれており、なんとなくヒプマイを思い出させられる瞬間が多々

参道は雰囲気たっぷり。夜来るとヤバそう(喜)

夕陽が山々の向こうに沈んでいく中、まだまだ徘徊を楽しみます。温泉街といえば、岩手県・台温泉での経験からついつい廃墟を探してしまうのですが、それにしてもさすが有馬温泉は目抜通りに人があふれ、外国人観光客も多く、ゆうてそんなに廃墟はないかぁと思っていたところ

見つけたー!でっかい廃ホテル!ご覧くださいこのツタの侵食っぷり。すばらしい。なんかこっちのエリアにありそうっていう私の廃墟嗅覚は間違ってなかった

屋内にも植物あふれてる系廃屋

こちらはかなり規模の大きそうな廃旅館

今なお残る植生から、きれいな前庭やったんやろなと想像できる

よい苔ぐあいの階段

階段を途中まで登ってみたんですが、上のほうにも廃屋が続き、しかし倒木で道がふさがれこれ以上は進めず…本当に自然と植物に呑み込まれていってる感じですごかった

車道に出てみたら、どうやら門もあったようで、かなり立派な旅館だった様子

紅葉シーズンなんかは、さぞ湯浴み客で賑わったことでしょう

少し道を逸れたら、今もこうこうと明るく人の行き交う目抜通り。あっちの世界とこっちの世界という感じ。「千と千尋の神隠し」が湯屋を舞台にしてたのって、なんかこういう温泉街の光と影のイメージからなのかな

鉄道駅に続く道沿いで、ひときわ賑わっていたお店。二階部分を見ると、ここもかなり年季の入ったお店のよう

メインストリートにも明らかに廃業してる大きな旅館があったけど、さすがに人目につく場所だけあって、きれいに保たれてました

そんな温泉街も夜7時ぐらいには客たちの姿が消えて行きます。有馬温泉って大阪や神戸から直通バスが出てたり、アクセスしやすいから、日帰り旅行客も多いんかな

ブラブラ歩き続けてたら、急にサイバーパンクな光景に遭遇。泉源に建てられた鉄塔をこんな色でライトアップしようって考えた人、天才では

湯煙がまるでスチームパンク

かっこいいものが見れた。ラッキー。やはり夜は夜で徘徊が楽しい

昼間とはまるで違う温泉街の雰囲気にゾクゾクきます

看板によると200m行けば天満宮があるらしいんですが、さすがにこの暗さでは石段を登る勇気がなく。おとなしく温泉につかって、宿で炭酸せんべいをツマミに酒飲んで寝ました

翌日。宿の近くにあったカフェで、炭酸せんべいがブッ刺さったどら焼きみたいなお菓子をテイクアウトし朝食とします。あずきの甘みと炭酸せんべいのしょっぱさが最高のマリアージュ
このミツモリカフェさん、本家は三津森本舗というお菓子屋さんで、明治末期に炭酸せんべいを製造開始した炭酸せんべいの祖。今も広く親しまれている有馬の炭酸せんべいを、和菓子や洋菓子、いろんなアレンジで楽しませてくれているようです

そんな美味しい甘味をいただきつつ、神戸電鉄の有馬温泉駅へ向かいます。有馬川は鉄分を多く含んだ温泉が流れ込んでいて、その鉄分が空気に触れて茶褐色になっているとのこと

神戸電鉄の新しめの車両に乗って、一駅先の有馬口駅へ、そこで有馬線から三田線に乗り換えます

山間を貫く車窓の景色。古びた電柱といい、廃線となった旧福知山線の雰囲気を思い出す

三田駅で下車し、JRに乗り換えるついでに昼食を。醤油ラーメンにチャーハンで大優勝

三田駅前のロータリーで、2車両連結バスを発見!めちゃくちゃなっげぇ〜〜〜全長なんと18m。これでよく曲がれるなぁ、運転士さんのスキルえぐい。さすが神姫バス。わりと癖つよ運転士さんの癖つよ車内放送でも知られる神姫バス

JR三田駅から福知山線に乗って道場駅へ。下車したのは私だけでしたが、たぶん平日はけっこう利用客がいらっしゃいそうな感じの駅舎。なぜなら

駅の跨線橋からさっそく良い感じの工場群が見えました。おもしろそうなので後で見に行ったんですが、某企業の巨大な工場エリアで、中には入れず

駅から山へ向かって歩いてると、武庫川を渡る電車の姿が。のどか〜〜

山肌や廃屋を眺めながら車道をえんえん20分ほど歩き、到着した千苅貯水場。しかし私が用があるのは、この先にあるはずの千苅ダム。え、ちょ……門、閉まってる……?ウソ、でしょ………?しかし年代物の良い門扉ね……?石柱もかっこいい……
などと絶望で絶句してましたが、ダムへ行くにはこの門を通る必要はなく、塀をぐるりと迂回して行けるようで一安心。でしたが

ほ、ほんまにこの先にダムがあるんかいな……とまたしても不安にならざるをえない道

なんせ道幅が狭い。そして植物が生い茂っとる。Googleマップがなかったら引き返してるレベル。いやGoogleマップもたまに「そこを道と判断してええんかいな」みたいな農道を経路として指定してきたりするので、油断なりませんが

どんなダムが待ってるんやろとワクワクしながらほっそい道を歩いてると、唐突に!視界の先に、壁のようにそびえたっているものが…!!

うわわわわ、きたーーー!!駅から30分ほど、だーれもいない道を歩き続けてようやく辿り着いた、山あいに広がる明らかな巨大人工物…!!

しかし急に冷静になって、まず足元の隧道が気になるやつ

気を取り直して、こちらが!見に来たかった千刈ダム!めちゃくちゃかっこいい、めちゃくちゃデカイ!!

まず手前の橋が、良い味と良い遠近感を出してくれてます

こちら大正8(1919)年生。ラクラク100歳越え

ダム含め当然のように登録有形文化財、近代産業遺産。しかしダム建設計画が出た明治後期には、水没地区となる村の集落で反発運動が起こり、結局は用地買収で強制収用。国の近代化、産業発展の裏側には、つねに犠牲になった人々や生活があることを忘れてはならないな

千苅ダムは、神戸市民の水を確保するため1919(大正8)年に竣工。7年後に嵩上げ工事を行い、堤高は42.4m。当時はダム造成のための資材を、駅までトロッコで、そこから人力でこの山奥まで運んだというから本当にすごい。実際、駅から歩いてきたから、その労力の偉大さをひしひしと思い知る

なによりこの岩壁。いかに厳しい自然環境かを感じずにいられない

と同時に、自然の荒々しさと人工物の整然としたありさまの対比が大変美しく、千苅ダムの唯一無二性を生み出している。本当に美しい

岩壁の中腹に、なんらかの穴を発見

調べたところ、放水時はここからも水を放流するらしい。こんな高さから!大迫力やろな

気づいたけど、岩壁に造られていた階段が途中で崩れ落ちてます。放水時に水の勢いで圧壊したのかな

さすがダムな警告看板。このサイレン、警鐘、生で聞いてみたい

さらに堤に近づけるようなので近づいてみます

このパイプのようなものも、点検用の手すりが付けられているので登れるんやろうけど、手すりあっても怖そう

奥まで来て振り向いてみると、おそらくダム手前で見た隧道の反対側を発見。ここもやっぱり水を通してたのかな

山肌に沿って造られた階段を登っていきます

堤が間近で見られて大迫力!!これは楽しい

いかにも手積みという感じの石垣と導水路、とても良い

まだまだ階段は続き、どんどん堤のてっぺんに近づいていきます

かなりの高さまで登って来ました。上から見下ろすと渓谷の険しさがまたよくわかる

間近で見ると本当にすごい、古代の神殿みたい。かぁっこいいーー

いつか人類が滅亡して別の知的生命体が生まれ、この人工物を見つけた時、きっと古代の超文明とか思うんやろな


謎に複雑な交差と高低差を生んでいる手積み石段、好きです


堤の一番上まで来ました

ついに堤の反対側のダム湖がお目見え。めちゃくちゃ良い景色。ここにかつては村や集落があって人の暮らしや歴史があったんやなぁと思うと不思議な気持ち

こんだけの水位の湖をとどめてる堤、改めてすごい。どんだけの水圧がかかってるんやろ

石碑には嵩上げ工事をした時の工事関係者や神戸市長の名前が刻まれてました。一番上の銘は、右から読んで「人助天」?「天は自らを助る人を助く」(他人任せにするんじゃなく自分で努力して自分で成し遂げようっていう人には、ちゃんと天が見ていて結果が伴ってくるよ的なこと)を意味する「天助人自助」ってのは聞いたことあるけど、「人助天」=「人は天を助く」であるなら、人間の力によって自然環境や運命を変えてやったぞ、的な気概なんやろか

対岸の木々の合間に、鳥居を発見。こちらの丹生川上神社分社、奈良県にある丹生川上神社という水利の神様を勧請し、分社をお造りしたとのこと。関係者の方だけがお参りできるのかな。山上からダムを見守ってる感じがしてかっこよい

しかし何度見てもこれだけの規模のものを、重機もない時代に手作業で造り上げたっていうのはすごい。琵琶湖疏水や蹴上インクラインとかもですが。水路が運送の要だった時代の大工事というのは、その圧倒的な規模感に驚かされる。日本のインフラが整っているのは先人たちと、それを受け継ぎ保守してくださってる方々のおかげ

ところで見学用の階段の途中に遊歩道の看板があったんでちょっと進んでみたんですが、あまりにも自然路で手すりなどもなく、もし足を滑らせたらヤバイ感があったのですぐ引き返しました。改めて自然の厳しさと難工事っぷりを思う…

そして外灯に設置されていたこちらのインターホンを押すと、大音量でダムの説明音声が流れ始めるという

この巨大空間で、私だけのために流れる音声…他には誰一人いない…なんとも世界の終末を思わせるシュールさ。いや、この景色を独り占めできる贅沢さ

なんてったってこの迫力ですので。本当にすばらしかった。自分の足で目で見に来てよかった

こういうアールの感じが大正・昭和期の建造物って感じして良い

帰り道もやっぱりこの先にダムがあるとは思えなくてつい撮影してしまった。2024年の終わりにめちゃくちゃ良い旅ができました。おしまい


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