大政奉還スタンプラリー会津編①

2017年10月7日土曜日

t f B! P L
長旅前日というのになぜか同僚を誘って焼き鳥屋へ行ってしまい、店の大将と歴史トークに花を咲かせながら日本酒をがぶがぶ飲んだ結果の二日酔い、かつ朝からの悪天候、加えて深夜に福島で震度5の地震ありというなかなかのバッドコンディションの中、大阪から6時間半かけてやってきたるは念願の会津若松!
その旅の一部始終を覚え書き




郡山駅で降り立って一番に手にしたのはルマンドアイス。福島での最初のメシとなったのであった
いや関西ではまだルマンドアイス売ってなくて。東北きたら絶対食べたかったんです
うまかった〜よ〜〜帰りも食べたよ(ネタバレ)


その郡山駅でもらった疎水に関するリーフレット
大久保利通が、戊辰戦争で荒廃した北陸地方の復興に尽力していたとは知らなんだ。実際政府の中でかなり大久保が働きかけてくれたみたいで、北海道開拓に尽力した黒田清隆といい、やっぱ明治維新期のひとらってすごかったんやなぁって
あとこのリーフレットの文章書いてる人が鹿児島出身の桐野さんという方やったんやが、鹿児島で桐野といえば中村半次郎の縁者の方かなとおもてまう
もしそうやとしたら、そんな方が大久保の実績について書くとはなかなか皮肉な


電車で通過しただけやけど、猪苗代!
猪苗代湖あたりでも土方歳三を指揮官とする新選組などの一軍が駐屯していた記憶


車窓から眺める景色の美しさよ…
黄金の稲穂、その向こうに連なる青い山々…
この景色眺めながら私ずっと活劇刀剣乱舞の堀川のきもちやった、かつて確かに刀としてもこの地にいたけれど、人の目で見、人の足で踏み、前の主とともに再びこの地を行軍したであろう、堀川のきもち…
まさか活劇があんなことになろうとは、会津旅行計画したときは思いもせんかったから、これもまたなにかの運命…






二日酔いの頭痛に悩まされつつ、ついに会津若松駅に到着!やったーーーー!頭痛い!!
まずは周遊バスに乗って七日市へ


七日市駅のおされな駅舎
中にはレトロな雰囲気のカフェとお土産屋さんも併設



七日市駅から歩いてすぐの阿弥陀寺へ
戊辰戦争戦死者の埋葬地、そして藤田五郎こと斎藤一の墓もあります



箱館もそうやったけど、やっぱり佐幕側の戦死者は弔うことを許されず、ながらく遺体は放置されてたらしい
勝てば官軍とはよういったもの



江戸時代の鶴ヶ城の姿を残す唯一の遺構



阿弥陀寺をあとにし、七日市のメインストリートを歩き、入ったそば屋さんであったかい月見そばをいただきながら、そういやるろ剣の斎藤一ってようそば食っとったなと思い出す
それから歩いて会津新選組記念館へ



建物自体とてもすてき!明治時代に建てられた蔵らしい
一階は骨董&お土産屋、二階が資料館
ゲベール銃とかミニエー銃とかの、戊辰戦争時代に使われていた銃がいろいろあって興奮した!あんなでかくて重そうなもん、よう持ち運んでたなぁ
歩兵のひとらが使ってた鉢金や弾薬入れや、コンパスやら、実際に使われていたものが目の前にあると、ほんまにあった戦争なんやなぁとしみじみする


それから若松市内をひたすらブラブラ歩く
というのも、いい建物がめっちゃ多くて!見ててまったく飽きんかった
以下若松市内ええ建物コレクション










縦覧御随意!ご自由にご覧下さい的な。なんて美しい日本語



そしてこの新聞受のフォント。たまらない









そんな七日町の目抜き通り沿いにあるこちら


戊辰戦争時に新選組の土方歳三が逗留してると聞いて挨拶にきた幕府の文官に土方が枕を投げつけたことで有名な清水屋旅館跡でございます
実際に投げつけられた本人のお孫さん?やったっけ?いつも祖父がそんな話を〜的に伝わってることなんで、わりと事実なんやろなぁとおもて笑える。好きなエピソードのひとつ



こちらは鶴ヶ城まんまえの菓子司
この建物よ。すばらしい


若松市のメインストリート、神明通りを歩いている途中、蒲生氏郷墓所近くの街中で、急に空気感のちがう場所を発見
思わず引き寄せられた


あとから調べたら代々会津藩主も深く信仰した神社だったよう
境内にひとの姿はなく、街中というのにひっそりと神妙な空気



この本殿の柱の狛犬!まるでこう、柱からにゅ〜って生え出てきたみたいに作られていてすごい
そしてお手手がすっごいかわいい


慶応二年の常夜灯


戊辰戦争時の会津藩の悲劇を代表する西郷頼母の屋敷跡
いまでも花が多く供えてありました
「歳三往きてまた」にも出てきたなぁ


若松市役所。おっしゃれ〜!



この時点でまだ3時過ぎとかやったけど、今日中にどうしても天寧寺にお参りいっときたかった&山登りになるのわかってたから暗くなる前に行きたい&函館では花を持っていけなかったので今回は絶対に花を持っていきたい
という願望を叶えるため、こっからかなりの強行軍
バスの時間を検索しつつ、近くでやってる花屋を検索し、結局また神明通りまで戻り、花屋さんに駆け込んで仏花を対で作ってもらい、バス停へダッシュ
これから会津若松に旅行いくって方に朗報です。市内の周遊バスのあかべえとハイカラさん、わりと時刻表から5分くらい遅れてくる
なので間に合わん〜!と思っても、わりと間に合う!これとても助かった


おかげさまで綺麗に作ってもらった花束をもってバスに乗り込み、天寧寺参道入り口へ


天寧寺本堂
この裏手からのぼったところが、今回の旅のメイン


宇都宮で負傷し会津へ入った土方が、近藤が板橋で斬首になったと聞いて、松平容保に頼んで建ててもらった近藤の墓
こっから画像がスーパーぶれてるんですけど、この時点ですでに12km歩いてた私がなかなかの疲労困憊でカメラがぶれまくってたのかもしれんし、なにか霊的な何かがアレしたのかもしれん(適当)

というのもなんせ


近藤勇の


墓までの道のりが


スーパー山道!!!!


山道&どこまで行くねんってぐらい先!
大河で土方役やってた山本耕二が、きっと土方さんはもっと先だ、もっと先だっつってこんな山奥に墓を建てたんだと思う的なこと言いよったけど、たしかにその通りな感じ
よっぽど官軍に見つかって墓を荒らされたりするんが嫌やったんやろなぁ



そしてよーやっと到着した、近藤勇の墓と、並んで建てられた土方歳三の墓
なんていうか、局長と副長がこうやって並んで弔われてるって、愛を感じるなぁ
あの世で勇さんの隣りに並んで、沢庵かじりながら俳句でもひねってますか…お疲れ様でした…などと思いながら手を合わせた

今までいろんな新選組ゆかりの地行ってきたけど、街中ってのは建物も道ももう何もかもが当時とは変わってるけど、こういう山の中って、ほとんど当時と変わらんやろなぁと思って、非常に感慨深い
天寧寺に駐屯していた新選組隊士たちも、東山温泉で湯治してた土方も、よくここに通ったんやろな

行きしにも若い女性の一団とすれちがったけど、帰りしも子供連れの家族とすれちがった
もう夕暮れ近くなってたけど、こうやって訪れてくる人がいつまでも絶えないこと、なんか、よかったなぁ
きっと当時も、墓への道途中ですれちがって、お、おまえも来たのか、とか、また来ちまった、みたいなやりとりあったんじゃないか…



そして本日の宿、東山温泉へ


伏見ヶ滝に沿って建つ温泉宿
露天風呂の目の前がこの滝で、もう眺めもお湯も最高でした
温泉好きなくせにすぐのぼせるから、普段はあんまり湯船に長居できんのに、たっぷり一時間つかってた
旅の疲れが癒された〜


土方も足も傷の治療のために通ってたといわれている場所
温泉につかりながら「活劇の土方がこうやって温泉つかってるあいだ、堀川は部屋で兼定(刀)といっしょやったんやろなぁ」などということを考えていたので、そのような活劇小説を書いた次第

会津旅行一日目はこれにて終了
せっかく酒どころにきたのに、酒蔵もいろいろ調べてたのに、二日酔いのせいでさすがに飲む気になれず、コンビニで買ったストロングだけをグイッとたしなんで早くに就寝しました

二日目に続く

QooQ