そういえば鈍行で大阪から広島まで旅してると、車内で聞こえてくる方言が見事に、大阪弁、神戸弁、播州弁とグラデーションでおもしろかった
広島は神辺という、昨日までは名前も存在も知らなかった町
なんでも西国街道の宿駅として江戸時代に栄えたらしく、参勤交代のときに使われた屋敷・本陣が残っているとのことで、スタンプラリーとは関係ないけど行ってみました
駅を出たらさっそくもう、そこらじゅうに古そうなすばらしい建物たちが
興奮しながらお目当ての神辺本陣にたどりついてみると
今日に限ってガイドさん不在で閉まっていた…!
各所連絡先やら観光協会にも電話つながらず…!!
役所の警備のおっちゃんが「私らにはわからんのやけど」と言いながらも、わざわざ別の資料館に問い合わせてくれて「やっぱ今日は閉まってるみたい」と連絡くれた…!ありがとうおっちゃん…!!
どうしょうもなかったので外から見れるとこだけ
ガイドさんの詰所にあった敷地図
入りたかったァーん!ざんねん!またきます!
ちなみに神辺駅周辺でランチしようとおもたらもうここしか検索にでてこんみたいなカフェに行ったんですが、めっちゃオシャレでごはんもめっちゃおいしかった
店内にピアノとかギターとかドラムセットが置いてあってライブもやってるぽかったです
B'zグッズがめっちゃあるから、なんでやろ?おもて聞いたら、店員さんが熱狂的なファンとのことでした
神辺をあとにし福山駅へ
駅のホームから福山城が丸見えっつーかこんなに駅目の前に城があるの明石城以来
福山城は正式名「鉄覆山朱雀院久松城」。かっこよすぎか
徳川家康のいとこ・水野勝成が築城し、その後阿部家が城主になったらしい
ペリー来航時に優秀な老中やった阿部正弘を輩出、戊辰戦争時には攻めてきた長州藩に降伏し、官軍側として箱館戦争を戦ったそうな。ゆうたら徳川の親藩やったろうになぁ
福山市は「ばらの町」らしく、町のあちこちにばらが咲いてます
この石垣みてておもたけど、やっぱ大阪城の石垣の巨石ってすげーんやなぁと
この櫓や御門をはじめ、福山城にはやたらに京都の伏見城から移築してきた遺構がある
こういうの移築ってどうやってんでしょうね。いったん木材にバラして運んできてまた組み立てる感じか?
会津の鶴ヶ城でもそうやったけど、昔はこういう城にあった鐘が町の人々にとって大きな役割やったんやなぁというのがよくわかる
えらい華やかなどんど焼き(左義長というか)がたくさん飾ってありました
市の名物なんかな
天守閣より
天守閣内の博物館では甲冑やら、太刀やら弓矢やらがいろいろ
とくに弓矢を入れる「うつぼ」(靫・空穂)のでっかさにびっくりした!太刀もやけど、あんなにおっきいもん持ち歩いてたって、昔のひとはすごいな〜
城をあとにし、すぐそばの備後護国神社へ
もとは城主であった阿部家や戊辰戦争の戦死者を祀ってた「阿部神社」やったけど、太平洋戦争などでの戦没者を祀る護国神社へとなったんだとか
なので敷地内には慰霊碑が
硫黄島戦没者慰霊碑
太平洋戦争でとくに酸鼻をきわめたレイテ島・ミンダナオ島での戦没者慰霊碑
国と家族を守るために持ちたくもない武器を持ち、二度と祖国に戻ることのなかった方々を思うと…
私の大叔父さんも戦艦大和に乗艦していて戦死し、いまだに沖縄沖で大和とともに海に眠っているので、こういう場所にくると胸にくるもんがある
広島は呉をはじめ、戦時中は兵器工場が多かったし、大久野島では毒ガスを製造していたり、もちろん原爆の被爆体験もあって、やはり戦時の記憶とは切っても切れない場所
本殿の柱のこの!狛犬?
会津の神社行ったときから、こういうとこに狛犬の木彫りがあることに気づき、神社に行ったら気をつけて見るようにしています
ごらんよこの両足。かわいい
守り神さえ造形がかわいいって日本人の感覚は昔からブレへんな
全然知らんかったけど宮本武蔵が、福山城を築城した水野家と縁が深いらしく、ここに腰掛けて瞑想したらしい
もう日が暮れかけてきていたので、調べていた地元の酒造店へ向かい、実家に送りつける用の地酒として「天寶一」と、ホテルで自分で飲む用の「賀茂鶴」購入
1時間近く天然温泉でゆっくりしてから賀茂鶴いただきました
ン〜〜〜〜まかった〜〜〜
おいしいお酒と温泉となにがしか史跡がある場所はどこへでも行こうと決意した。次は広島の西条いくぞー!
というわけで1日目おわり!
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