47都道府県ぜんぶ行く、愛媛編です
まずは大阪から岡山まで新幹線でビューンと飛ばし、岡山から愛媛まではこちらの特急しおかぜで
初めて乗る電車っていっつもワクワクする。ターミナル駅で見たことない電車が並んでるだけでもわりとワクワクします、どっから来てどこに行くんやろうと思って
しおかぜの特徴といえば、なんといっても瀬戸大橋を電車で渡れるところ!
瀬戸内海に浮かぶ島々を眺められる絶景の車窓
四国に上陸してからも、甍越しに見える瀬戸内海の眺めが最高です
愛媛・松山からは特急宇和海に乗り込みまして、内陸へと攻め入ります
両側にダブル宇和海と、遠くに見える四国の山々
今回旅してて思ったけど四国の山もすごい高い、山深い。そりゃ四国四県だけでもあれだけ方言ちがってくるよなと納得する。今でさえ四国内の移動ってかなり時間かかるし、移動手段が徒歩と人力しかなかった頃は余計やったやろう。だからこそお遍路にも大きな意味があったのかな
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本日最初の目的地、内子です
駅前には、かつてこの地で人と荷物を運んでいた蒸気機関車が展示されていました。地元の方々によって丁寧に保存されているのがわかる黒鉄のボディが美しい
本日のマンホールハンター釣果。桜かな?
駅からしばらく歩いて、町の中心だったエリアへ
突如現れるこちらの立派な建物、「内子座」は大正時代に建てられた芝居小屋。一度は老朽化で取り壊しの話もあったけど、保存運動によって今も現役でイベントなどが催されている模様
こういう木材と鉄材が剥き出しで組み合わさってるデザイン、大変グッとくる
昼ごはんに内子座の近くのお店で鯛飯をいただきました
すっかり忘れてたけど愛媛・宇和海といえば鯛!鯛飯はもちろん、小鉢の鯛の焼き物・煮物も美味しかった
店内には内子座でのイベントポスターも。かっこいいデザイン
ここからは町歩きで建物を見まくります
内子も伝統的建築物と昭和モダンな建築物が混ざり合った個人的に大好物な街並み
こういう人一人とさえすれ違えない狭い路地大好き
こちらは大正時代の薬局を再現した資料館
赤い提灯が目を引く八幡神社があったので、ちょっとお邪魔しておりますとご挨拶に立ち寄りました
鳥居の扁額がとても素敵。「八」の字が鳥のデザイン
拝殿内にはすごい立派な絵馬が
そして拝殿前にはあまり他では見たことがない、「天鏡」と掘られた石柱も
境内にあったイチョウの御神木。紅葉の時期はさぞ壮観やろうな
町歩きに戻ります。レトロモダンな外灯も見どころのひとつ
上半身は伝統的、下半身はモダン。すばらしい融合
ただの洋食屋さんとは思えないこの外観
大通りの角地にドーンと存在感を放つ伊予銀行。明治時代の建物を模して再建したそう
白い壁に映えるグリーンが大変シャレオツです
ここは景観保存地区に指定されている街並み。かつては松江から大洲への街道として、またお遍路としても大変栄えていたそう
箱階段、今までもいろんな場所で見てきたけど、ここで初めて実際に登ることができました。ギッシギッシゆうてたぁ…(恐怖)
それにしても階段下を収納にしてしまうなんて、いにしえにもとんだアイデアマンがいたもんだ
建物の壁にお面が付けてあるのって稀に見ますが、ちょっと初めて見るタイプのやつ。鬼のお面かな。ひょうきんめな鬼
ビームサーベルのごとく三方向に放たれし床屋のサインポール
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内子駅から再び予讃線に乗りまして、今度は大洲へ
マンホール、なんの鳥かなと思ってたんですが、きっと鵜飼の鵜です。なぜなら街のそこら中に鵜飼のポスターが貼ってあったから
大洲は駅前からさっそく廃墟が目立ちます
肱川橋を越え、かつての城下町へ
向こうのほうに大洲城の天守閣が見えて、往時を偲ばせる良い景色です
古い感じの広告?ポスター?がずらり。マッチ箱にでもなりそうなイカしたデザイン
歩いていると立派な赤煉瓦の建物に遭遇。明治時代に大洲商業銀行本店として建てられたらしいです
館内にステンドグラスの光が差し込んできれい
大洲商業銀行だった頃のポスターかな?オッシャレ〜イ
奥には銀行だった当時に金庫として使われていた建物も。鉄扉が物々しい
建物裏手には今や使うのが怖いガスメーターらしきものが
裏庭から「ポコペン横丁」と呼ばれる昭和の駄菓子屋などを再現した観光スポットにつながってたのですが、イベントをしてなかったからか人気がまったくなく、風に揺れるブリキ看板の擦れ合う音だけが響くうら寂しさ光景に
横丁の目の前にも、木材がひずんで今にも倒壊しそうな廃屋
少し歩いたところに臥龍醸造というビール醸造所があることを調べ済みだったので当然立ち寄りました
1階が醸造所、2階がレストランになっていて飲食できるとのことでした、が、この日に限って貸切営業。ぴえん
商品の販売はしていたので、購入してその場で栓を抜いていただき、飲み歩きしました。やはりその土地で生まれた酒を飲みながら町を歩くのは格別
旧字体の「医院」発見
浅田次郎の本で、「医」の旧字体「醫」は、現代でも破魔矢などがあるように魔を追い払う意味があった矢を投げ酒で傷口を清めて悪霊を払うことを意味してて、古代の人たちと同じく近代の戦争においてもまさしく祈る気持ちで医療に尽くした人々がいたことだろう…みたいなことが書かれてて、この「醫院」という字を見るたび思い出す
このあたりは病院が多かったのか?他にも医院の建物がありました
時を止めたような閑散とした通り…とても良い雰囲気
こちら、この日の宿でした。ご覧くださいこの風情
でたーっ!古めの旅館にありがちなドデカ非常口看板!目にした瞬間テンション上がってしまった
部屋もまるでおばあちゃんちに泊まりに来たみたいな落ち着き感があります
一旦荷物を置き、さて再び町歩き行くぜと出かけたら、あまりにも素通りできない建物と出会ってしまった
なんかの宗教施設かと思わせる異様なオーラを放っています。調べたら大洲市民会館だった。なぜ地方の公的施設ってたまにこういう突飛な建築物を生み出してくれるのか。ど真ん中の○マークが余計に異様な感じを醸し出してるんですが、たぶん大洲市の市章やな、大洲市役所の建物にもあったので
あまりに興味を惹かれて建物周囲をかなりうろついてしまった。間違いなく今回の旅で衝撃を受けた建物堂々の第一位
その向かい側には伝統的な建物を宿泊所にしたらしき並びが。こういうリノベーションは旅行客に喜ばれそうで素敵
小学校もすごく良い建物でした
円窓や、渡り廊下の上の骨組みだけの屋根とか、大変凝ってる
急坂を登り大洲城へ
本丸周辺には桜まつりのぼんぼりが残り、花見をしている方々もいらっしゃいました
復元された大洲城天守閣。当然のように入館時間を過ぎていて中には入れませんでした。高知城に入れなかった時の反省がまったく活かされていない
しかし眺めが最高です。遠くに見えるのは予讃線の鉄道橋。ちょうど電車が通っていきました
こちらは先ほど歩いて渡った肱川橋をのぞむ東側。水運がメインだった時代、いかにこの地が要所だったかがよくわかる
陸軍の乃木希典大将揮毫による戦没碑も
ここに死んでいった兵士たちの魂が眠っているわけでもないけど、もし出征して故郷を恋しく思いながら戦地で斃れたとしたら、死んだあとはこうやって生まれ育った町を眺められる場所で眠りたいやろなとも思う
2日目につづく!
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