静岡・浜松です
水辺らしく松林のデザイン
マンホールといえば、だいたいその土地の有名なものを2、3個詰め込んでることが多いけど、こういうパターン的なデザインもシンプルでいい
戊辰戦争150周年旅行以来、行ったことない都道府県ぜんぶ行くという計画をひとりで勝手に進めてるわけですが、このたびは青春18きっぷをブイブイいわせて大阪から5時間、初上陸の静岡へ
山より海・湖派なので、ひとまず静岡といえばの浜名湖にやってきました。こちら弁天島駅
ここで降りる前、自分の乗ってる電車よりもうひとつ浜名湖側に別のレールが通ってて、もしかして新幹線のレールかなーとおもて見てたら、ちょうどその瞬間にN700系が、浜名湖をバックにびゅーん!と通っていって、うおー!ってテンション上がりました心の中で
帰りにこの駅で10分ぐらい電車待ってるあいだにも新幹線が2本走っていって、ほんま新幹線ってよう走ってるんやなーと。すごいですよね、あんな速い乗り物が短時間でそんなに何本も走ってるの
昼ごはんを求め、湖岸をブラブラ
釣りが有名らしく、貸し船がたくさんあって、水辺の街の風景って感じでとてもよい
浜名湖といえばのうなぎという定番をさらりと無視し、活き車海老丼をいただいてしまった。うな丼もうな重もあったけれども
でももうひとつの定番のしじみ汁はちゃんといただいたから!とアピール
こちら、太平洋をバックに立つ大鳥居
弁天島のシンボル的な弁天神社さんにご挨拶
昔この地に天女が降り立って、村人一同歓迎してこの地にとどまってくださいってお願いしたけど、なぜか天女は三島のほうへ行ってしまって、そのあと大地震があったりして再び祀るようになったそう
小さな神社ですがきちんと整備されてて、地元の方々の愛着を感じます
弁天島から再び電車に乗って、浜松駅に寄りつつ、掛川駅へ
掛川もお茶が有名らしく、お茶と濃厚ミルクのソフトクリームをいただきました。おいしかった〜
写真撮ってるあいだにドロドロに溶けつつも、まだまだ暑い西日のなか掛川城へ
今川氏によって築城された掛川城は、一時、山内一豊が城主やったらしく、山内一豊って土佐のイメージ強いから、こんなとこいてはったんやーと初めて知りました。関ヶ原の戦いで徳川方について、戦功で土佐をもらったらしい
なんか別のどっかのお城でも、こんな武将がこんなとこの城主に、って思ったけど、戦国時代もけっこう上の人に「おまえあそこの城主になって土地治めてこいや」って感じで地方出張させられること多かったんやなと、現代社会と同じ現象を見るのであった
三日月型のお堀って初めて見ました。なんでこんな形にしたんやろか
こちらも本丸を守るためのお堀と、向こうに見えるのが江戸時代に作られた太鼓楼
太鼓楼といえばいつも会津城を思い出す。戊辰戦争で新政府軍に攻め入られ火の海となった会津城やけど、砲撃の続くなか、太鼓楼ではずっと会津兵のひとが太鼓を鳴らして味方に知らせてたらしい。すごいよねぇ……
天守閣までの通路は当時を再現されてて、忍者の通り道みたいにわざと曲がりくねって作られていたんだとか
ところで掛川城の敷地内に、羽生善治さんが記念植樹したっていう木があって、へー!なんでやろ?とおもてたんですが
城下町に戻ってみると、路上で将棋を指している人たちの姿が
この日、たまたま掛川で納涼祭があって、あちこちが歩行者天国になって出店やらライブやらあって大盛況だったんですけど、こうやって老いも若きも混じって将棋してる姿はこの土地ならではって感じ
調べたら掛川って将棋がさかんらしく、前述の羽生さんも、王将戦という一戦が掛川城でおこなわれて、その記念植樹やったみたい
納涼祭でにぎわう街中をブラつき、あまりにもいい雰囲気すぎる喫茶を発見
そして歩いててたまたま、ジャズバンドの一団が演奏準備をしているのを発見
トランペット、サックスにはじまり、ギター、キーボード、ベース、ドラムのフルバンドでジャズの生演奏。たまにボーカルや、飛び入りで子供のダンスもあって
これがもうめちゃくちゃよくて
よすぎて出店でビールを買ってきては生演奏を聞きながら飲み
ホテルで飲もうと買うといた地酒も、路上でぜんぶ空けてしまうぐらいに素敵な演奏でした
まさか掛川まできてジャズの生演奏聞けるとは
旅先での最高の夜のひとつになりました
そしてホテルではテレビで「この世界の片隅に」やってて、嗚咽もらしながら大泣きして、結果ギンギンに目が冴えてしまって夜中まで寝付けなかったという
2日目につづく





















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