なぜ茨城かというと私が一度も来たことなかったからです
マンホールには水戸といえばの梅と建物、水戸城のイメージかな?水戸城の建物自体は今はなにもなかったですが。洋館みたいに見えなくもないがどうやろう。なんにせえ良きデザインです
水戸駅から歩いてすぐの弘道館
こちらは水戸藩主徳川斉昭が創設した藩校で、幕末の尊王攘夷論の中心となった後期水戸学が生まれた場所
斉昭の息子の慶喜や、吉田松陰も学んだという学舎
尊王攘夷論はさておき、「教育によって人心を安定させ、教育を基盤として国を興す」っていう斉昭の建学の理念がとてもいい
列強の脅威が迫り、水戸藩の海辺にもたびたび欧米の船が姿を現す中で、教育こそが藩や国を護り興す人材を育てることになるってよくわかってはったんやな
弘道館っていう名前も、「道を弘むるは人なり」っていう言葉から来てるとのこと
学校なので、豪奢〜!というより質実剛健な感じの建物ですが、細部のデザインがおしゃれ
こちら正面玄関の上部分とか
中から見るとよくわかる。おしゃれかつ採光にもなる機能性。美と実用性の両立ってやつやな
こちらの庭で武道の修練がおこなわれ、先生や藩主が縁側から見てたそう
扁額の文字は「芸に遊ぶ」って意味らしく、芸は六芸(礼儀作法、音楽、弓術、馬術、習字、算術)のこと。文武に凝り固まらず、ゆうゆうと芸の道をきわめよっていう教えらしい
弘道館は藩校としては日本で一番大きかったらしいです
たしかに大分の日出で行った藩校より3倍ぐらいありそう
畳の縁にも葵の御紋
15代将軍徳川慶喜は幼少期にここで学び、大政奉還で将軍職を辞したあと、ここに戻ってきて謹慎生活を送ったそう
その時、慶喜が使っていた長持ちがこちら。150年前のものとは思えないきれいさ。特別に保存してあるわけでもなく、普通に置いてあるのに。昔の物ってすごい
他にも慶喜の書や、西洋画っぽい絵とかも残されてました
こちらは天保あたりに造られ使われてた消防ポンプ。昔の言葉で「雲龍水」っていうらしい。初めて知った
昔にもこんな金具を造る職人さんたちがいたんやなぁ
弘道館にも多くの梅の木が植えられてたんですが、これ、斉昭によるものとのこと
斉昭は昔から梅が好きで、でも水戸には当時梅が全然ないな〜っておもった斉昭が江戸からわざわざ梅の種を少しずつ送って水戸中に植えさせたおかげで、今では水戸の梅まつりが開催されるぐらい梅がいっぱい咲くようになったとか
こうして後世の人たちが楽しめるようにって行動できるの、すばらしいな
斉昭は他にも、ごはんの前に毎回、農人形に供えものをして農業と農家に感謝してたらしく、よくできた人柄やったんやなぁと
弘道館の敷地にある鹿島神社
建物は大きくないですが、本殿が神明造でとても立派
こちらも弘道館の一部の八卦堂。八角形の建物ですごい迫力
鹿島神社に残る、斉昭が手ずから植えたという梅
鹿島神社で一番大きく太かったクスノキ。大木ってその存在だけでパワーありますよね。パワーッ!て感じでした、この木も
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偕楽園まで歩いて行きつつ、千波湖を一望
水場がずーっと続いてて、たくさんの人が散歩したりランニングしたり、まさに憩いの場って感じでいい雰囲気。めちゃくちゃのどか〜でした
歩いてる途中に出会った廃アパート
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ひたちなか海浜鉄道湊線というローカル線に乗ってこの日の宿へ
今までいろいろ電車乗っていたけど、ガチの一両編成というのは初めて乗りました
車窓からの景色がもうめっちゃくちゃきれい。車窓鉄にはたまらない
途中で木々の合間を抜けるとこがあって、緑のトンネルって感じですごいよかったです
夜はいつも恒例の地元コンビニでゲットした地酒「一品」と、宿が用意してくれたシャンパンイエーイ!
一品のマークはやはり梅です。今度水戸くるときは梅のシーズンに来なあかんな





























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