ついに最終目的地の函館へ行ってまいりました
11年ぶりの函館は相変わらず寒かった。この日、大阪は気温28度、到着した函館は12度。セーターにジャケット羽織ってまだ寒い。さすが函館
11年前は9月に行きましたが、その時も気温13度とかやった。寒い。寒すぎる。さすが函館
到着してすぐ、腹ごしらえにちょいお高めのまわる寿司屋へ
海鮮物がもうめちゃくちゃに美味い。マグロ祭りしてて、手前の赤い皿のやつもマグロなんですが、もうめっちゃくちゃ美味い。いつか親を連れてきてあげたい
今回の旅の第一目的、11年前は行けなかった碧血碑に行くこと
碧血碑は、今から150年前の1869年、箱館戦争で戦死した土方歳三や中島三郎助をはじめとする旧幕府軍の戦死者たちを祀る慰霊碑
市電に乗って終点の谷地頭まで行き、さて歩くぞと気合いいれて出発したわけですが
山やった
いやわかってたんですけど、函館山にあるって
わりとちゃんと山登りやった
よみがえる会津での墓参りの記憶……
しかし天候は快晴、風も気持ちよく、生い茂る緑の合間には大きなタンポポや白い花々が咲き、春を感じさせる心地よい景色を楽しめました
山登りで息はハァハァでしたが
ようやくたどり着いた碧血碑!
きれいにされていて、花もたくさん供えられていて、緑に囲まれたいい所でした
やっと来れたーって気持ちで、嬉しいような、さびしいような。花を手向け、手を合わせて、しばし休憩
慰霊碑のあしもとには、白くて小さな花がたくさん
二輪草というらしいです。花言葉は「友情」「協力」「ずっと離れない」
柳川熊吉さんは地元の俠客で、箱館戦争後、新政府軍によって埋葬を許されずそこらに放置されていた旧幕府軍の戦死体を見かねて、あちこちの寺に頼んで埋葬、のちに碧血碑建立にも尽力した方
あとこの碧血碑の場所を決めるのに、実際にこの地を訪れ歩き回ったのが大鳥圭介やったらしく
碑の揮毫が大鳥さんなのは知ってたけど、そんなこともしとってくれたんやなーと
箱館戦争が始まる前に、新政府軍が攻めてくるだろうところを歩いてまわって、ここに砲台おこうとか実地検分もしてた大鳥さんらしいというか
そして大鳥さんが選んだ土地を買い取ったのが榎本武揚やったという
榎本さんも大鳥さんも、箱館政府の幹部として、戦死者たちへの責任感じてたというか、自分のできることを尽くして弔いたいって気持ちが強かったんかもなぁ
当時は新政府軍の目が厳しくて、敗軍の旧幕府軍を供養するのは大っぴらにできなかったらしく(今でも靖国神社の資料館には旧幕府軍側の話はほぼなかった)、碧血碑にも誰の名前も刻まれてないし、誰をなぜ慰霊しているものかも記されてない
そんな中で私財を投げ打って弔った人たちがいたんやなぁと
こういういろんな人の想いによって建立された慰霊碑とおもうと、よりグッとくるものがある
今は木々生い茂る山の中って感じですが、当時は見晴らしがよかったそう
こちら、碧血碑のそばにある柳川さんの記念碑
慰霊に力を貸してくださってありがとうございます柳川さん
▼▼▼
碧血碑から少しくだって、函館八幡宮へご挨拶に
参道入り口にめちゃくちゃ立派な鳥居
そして拝殿もとても立派!
重厚な色味と、背後の森がすばらしくマッチ。神感あるわ〜
参拝して御朱印もいただきました
そういえば令和初の御朱印!参拝自体は令和改元1日目に地元の神社に行ったんですが
拝殿のそばに立派なお神輿が
そして江戸時代に製作されたという鞍が!
一番端のやつは江戸時代中期とかやった。300年もの。すごい
ひとつひとつに繊細なデザインが。これは龍
すごいね〜昔の職人さんの見事な手仕事
▼▼▼
函館山を下り市内へ
函館のマンホールのひとつはやっぱり五稜郭、その中に旧函館区公会堂という粋なデザイン。まわりの波線は海かな
前回来たときは折りたたみのチャリ持ってきてたんで乗らなかった函館市電。今回は乗り倒しました
市電の中から
市電のこの、線路と電線がある街の景色って好き
▼▼▼
11年ぶりの五稜郭
入り口には山車の開陽丸が!
そして旅の大きな目的のひとつ、前回来たときはまだ建てられてなかった箱館奉行所
見つかった古写真をもとに復元されていて、ひとつひとつの意匠や材料はこだわり満載の全国の職人さんの手によるもの。その復元作業のVTRがおもしろかった、和風総本家見てるみたいで
内部すごい広かったけど、これでも復元したのは一部だそう
会議とかがおこなわれた大広間
一番奥に箱館奉行、身分の高い順に並んで座ったとか。かつての熊本城でも見たなーこういうところ
奉行所のすぐそばには古写真どおりに紅梅が植えられていました
150年前の旧暦5月11日、砲撃と銃弾の飛び交う中、五稜郭から出陣した土方歳三は一本木関門で銃弾に倒れ戦死
そのとき付き添っていた沢忠助や、戊辰戦争後の史談会で語られた内容によると、歳三の遺体は五稜郭に運ばれ埋葬され、一説には五稜郭に入ってすぐ、兵糧庫の左手の土饅頭がそうと言われているようで。その次の日に死んだ伊庭八郎もともに埋葬されているらしく
今はただ緑敷き詰められ花が咲くばかり
かつての戦争の痕跡やおびただしい数だったろう死体も銃弾も砲撃も残っていない、家族連れやいろんな人の声だけが聞こえる、今のおだやかな五稜郭
でもきっと戦の合間に、緑や花や鳥をめでながらゆっくりとここを散歩する時間もあったんじゃないかなぁ
そういえば今回5月に函館行ったんは、桜咲く五稜郭が見たいと思ったのもあったからなんですけど、桜もうほっとんど散ってた!おかげでその目的忘れてました
桜満開の五稜郭の写真見るとめちゃくちゃきれいなんで、次はそれリベンジしたい
▼▼▼
11年ぶり!五稜郭タワーの土方総督像その1
タワーにのぼるエレベーター内、扉が閉まって上昇を始めると、照明が暗くなって壁に浮かんでくるシステム
前からこんなやっけ?すっかり忘れてたこのシステム。おかげで小さい声で「わっ」てゆってしまった
展望室から見ると五稜郭の美しい形がよくわかる
これが桜のシーズンやとほんまピンク色に染まるみたい
五稜郭の復元模型と、現在の姿とともに
真ん中の建物が箱館奉行所
夕暮れ時すぎて雰囲気が出すぎてしまった土方総督像その2
閉館間際で人少なくて、おかげでゆっくり見れました
総督像の右肩の向こうの方が、新政府軍との激闘を繰り広げた二股口がある方面(たぶん)
ほんまは今回の旅で二股口と松前城方面も行きたかったけど、車がないと無理や〜ってなってあきらめてしまった。ペーパードライバー卒業したらリベンジしに来る。必ず来る
150年前は新政府軍の艦船で埋め尽くされていた箱館湾も、いまはただ穏やかな姿
タワーにあった、箱館戦争当時の復元図
当時は船が交通のメインなので、現在の元町ベイエリアと言われる地区に住居が密集。各国の領事館もそこにあったと。その先に飛び出してるのが、新撰組がこもって戦った弁天台場
五稜郭のまわりは当時はなーんもなかったんですね
そして私は閉店1分前の土産屋さんでよくわからんものを買うてしまうのであった
このヒジカタ君てキャラ、なんなんかよう知らんままLINEスタンプは買うてるんですけど、これアニメやったんですね。なんか土産屋さんでアニメ映像流れてた
とりあえずこのドアノブは、我が家のトイレのドアノブにかけてます
タワーの下では提灯が灯されて、ちょっとした別世界感
市民のみなさまが花見を楽しんでおられました。めちゃくちゃいいニオイ…バーベキューのいいニオイが…
函館の方々はこの時期に花見を楽しみはるんやなぁと、これも本州との文化の違いでおもしろい
バーベキューのニオイに腹をすかし、函館名物らしい「ラッキーピエロ」というハンバーガー屋さんへ
店の見た目はスーパー玉手みたいな、パチンコ屋みたいな派手な感じやのに、中入ったらなんか内装がシャレオツな
この有名な絵画、どなたのでしたっけ。作品が一面に飾られてました
トイレ前の棚もヴィンテージっぽくてかっこいい
▼▼▼
すでに真っ暗くなった道を歩き、土方歳三最期の地碑へ
歳三が戦死した一本木関門がかつてあった付近、いまは公園の一角になってて、近づくほどに、ああそうやった、こんなんやった!と11年前の記憶がうすらよみがえり
それにしても前回もこんな風に暗くなってから来たなと。明るい時の姿を見ていないなと
でも今回は命日(旧暦やけど)に来れたからよしとしたい
明るいうちにたくさんの方が来られたんでしょうね。あふれんばかりの花
何年たっても愛されてるなぁ総督
ホテルに戻り、コンビニでゲットしたご当地限定ビールをいただく
サッポロビールは新政府軍側で箱館戦争に参加した人によって設立されたって、ゴールデンカムイで習ったやつ
調べたら薩摩藩士の村橋久成という方で、二股口で土方軍と戦ったみたい。こんなところで意外なつながりが。それもゴールデンカムイに書いてましたっけ
北海道来て、ちょいちょいアイヌ文化のこととか見かけるんですけど、だいたい「これゴールデンカムイで見た」ってなるからゴールデンカムイはやっぱりすごい
テレビでも、このGWに網走監獄を訪れた観光客が過去最多ってニュースやってて、土方おじいちゃんと犬童のパネル映ってて、よかったね犬童!てなった
2日目につづく!
11年前は9月に行きましたが、その時も気温13度とかやった。寒い。寒すぎる。さすが函館
到着してすぐ、腹ごしらえにちょいお高めのまわる寿司屋へ
海鮮物がもうめちゃくちゃに美味い。マグロ祭りしてて、手前の赤い皿のやつもマグロなんですが、もうめっちゃくちゃ美味い。いつか親を連れてきてあげたい
今回の旅の第一目的、11年前は行けなかった碧血碑に行くこと
碧血碑は、今から150年前の1869年、箱館戦争で戦死した土方歳三や中島三郎助をはじめとする旧幕府軍の戦死者たちを祀る慰霊碑
市電に乗って終点の谷地頭まで行き、さて歩くぞと気合いいれて出発したわけですが
山やった
いやわかってたんですけど、函館山にあるって
わりとちゃんと山登りやった
よみがえる会津での墓参りの記憶……
しかし天候は快晴、風も気持ちよく、生い茂る緑の合間には大きなタンポポや白い花々が咲き、春を感じさせる心地よい景色を楽しめました
山登りで息はハァハァでしたが
ようやくたどり着いた碧血碑!
きれいにされていて、花もたくさん供えられていて、緑に囲まれたいい所でした
やっと来れたーって気持ちで、嬉しいような、さびしいような。花を手向け、手を合わせて、しばし休憩
慰霊碑のあしもとには、白くて小さな花がたくさん
二輪草というらしいです。花言葉は「友情」「協力」「ずっと離れない」
柳川熊吉さんは地元の俠客で、箱館戦争後、新政府軍によって埋葬を許されずそこらに放置されていた旧幕府軍の戦死体を見かねて、あちこちの寺に頼んで埋葬、のちに碧血碑建立にも尽力した方
あとこの碧血碑の場所を決めるのに、実際にこの地を訪れ歩き回ったのが大鳥圭介やったらしく
碑の揮毫が大鳥さんなのは知ってたけど、そんなこともしとってくれたんやなーと
箱館戦争が始まる前に、新政府軍が攻めてくるだろうところを歩いてまわって、ここに砲台おこうとか実地検分もしてた大鳥さんらしいというか
そして大鳥さんが選んだ土地を買い取ったのが榎本武揚やったという
榎本さんも大鳥さんも、箱館政府の幹部として、戦死者たちへの責任感じてたというか、自分のできることを尽くして弔いたいって気持ちが強かったんかもなぁ
当時は新政府軍の目が厳しくて、敗軍の旧幕府軍を供養するのは大っぴらにできなかったらしく(今でも靖国神社の資料館には旧幕府軍側の話はほぼなかった)、碧血碑にも誰の名前も刻まれてないし、誰をなぜ慰霊しているものかも記されてない
そんな中で私財を投げ打って弔った人たちがいたんやなぁと
こういういろんな人の想いによって建立された慰霊碑とおもうと、よりグッとくるものがある
今は木々生い茂る山の中って感じですが、当時は見晴らしがよかったそう
こちら、碧血碑のそばにある柳川さんの記念碑
慰霊に力を貸してくださってありがとうございます柳川さん
▼▼▼
碧血碑から少しくだって、函館八幡宮へご挨拶に
参道入り口にめちゃくちゃ立派な鳥居
そして拝殿もとても立派!
重厚な色味と、背後の森がすばらしくマッチ。神感あるわ〜
参拝して御朱印もいただきました
そういえば令和初の御朱印!参拝自体は令和改元1日目に地元の神社に行ったんですが
拝殿のそばに立派なお神輿が
そして江戸時代に製作されたという鞍が!
一番端のやつは江戸時代中期とかやった。300年もの。すごい
ひとつひとつに繊細なデザインが。これは龍
すごいね〜昔の職人さんの見事な手仕事
▼▼▼
函館山を下り市内へ
函館のマンホールのひとつはやっぱり五稜郭、その中に旧函館区公会堂という粋なデザイン。まわりの波線は海かな
前回来たときは折りたたみのチャリ持ってきてたんで乗らなかった函館市電。今回は乗り倒しました
市電の中から
市電のこの、線路と電線がある街の景色って好き
▼▼▼
11年ぶりの五稜郭
入り口には山車の開陽丸が!
そして旅の大きな目的のひとつ、前回来たときはまだ建てられてなかった箱館奉行所
見つかった古写真をもとに復元されていて、ひとつひとつの意匠や材料はこだわり満載の全国の職人さんの手によるもの。その復元作業のVTRがおもしろかった、和風総本家見てるみたいで
内部すごい広かったけど、これでも復元したのは一部だそう
会議とかがおこなわれた大広間
一番奥に箱館奉行、身分の高い順に並んで座ったとか。かつての熊本城でも見たなーこういうところ
奉行所のすぐそばには古写真どおりに紅梅が植えられていました
150年前の旧暦5月11日、砲撃と銃弾の飛び交う中、五稜郭から出陣した土方歳三は一本木関門で銃弾に倒れ戦死
そのとき付き添っていた沢忠助や、戊辰戦争後の史談会で語られた内容によると、歳三の遺体は五稜郭に運ばれ埋葬され、一説には五稜郭に入ってすぐ、兵糧庫の左手の土饅頭がそうと言われているようで。その次の日に死んだ伊庭八郎もともに埋葬されているらしく
今はただ緑敷き詰められ花が咲くばかり
かつての戦争の痕跡やおびただしい数だったろう死体も銃弾も砲撃も残っていない、家族連れやいろんな人の声だけが聞こえる、今のおだやかな五稜郭
でもきっと戦の合間に、緑や花や鳥をめでながらゆっくりとここを散歩する時間もあったんじゃないかなぁ
そういえば今回5月に函館行ったんは、桜咲く五稜郭が見たいと思ったのもあったからなんですけど、桜もうほっとんど散ってた!おかげでその目的忘れてました
桜満開の五稜郭の写真見るとめちゃくちゃきれいなんで、次はそれリベンジしたい
▼▼▼
11年ぶり!五稜郭タワーの土方総督像その1
タワーにのぼるエレベーター内、扉が閉まって上昇を始めると、照明が暗くなって壁に浮かんでくるシステム
前からこんなやっけ?すっかり忘れてたこのシステム。おかげで小さい声で「わっ」てゆってしまった
展望室から見ると五稜郭の美しい形がよくわかる
これが桜のシーズンやとほんまピンク色に染まるみたい
五稜郭の復元模型と、現在の姿とともに
真ん中の建物が箱館奉行所
夕暮れ時すぎて雰囲気が出すぎてしまった土方総督像その2
閉館間際で人少なくて、おかげでゆっくり見れました
総督像の右肩の向こうの方が、新政府軍との激闘を繰り広げた二股口がある方面(たぶん)
ほんまは今回の旅で二股口と松前城方面も行きたかったけど、車がないと無理や〜ってなってあきらめてしまった。ペーパードライバー卒業したらリベンジしに来る。必ず来る
150年前は新政府軍の艦船で埋め尽くされていた箱館湾も、いまはただ穏やかな姿
タワーにあった、箱館戦争当時の復元図
当時は船が交通のメインなので、現在の元町ベイエリアと言われる地区に住居が密集。各国の領事館もそこにあったと。その先に飛び出してるのが、新撰組がこもって戦った弁天台場
五稜郭のまわりは当時はなーんもなかったんですね
そして私は閉店1分前の土産屋さんでよくわからんものを買うてしまうのであった
このヒジカタ君てキャラ、なんなんかよう知らんままLINEスタンプは買うてるんですけど、これアニメやったんですね。なんか土産屋さんでアニメ映像流れてた
とりあえずこのドアノブは、我が家のトイレのドアノブにかけてます
タワーの下では提灯が灯されて、ちょっとした別世界感
市民のみなさまが花見を楽しんでおられました。めちゃくちゃいいニオイ…バーベキューのいいニオイが…
函館の方々はこの時期に花見を楽しみはるんやなぁと、これも本州との文化の違いでおもしろい
バーベキューのニオイに腹をすかし、函館名物らしい「ラッキーピエロ」というハンバーガー屋さんへ
店の見た目はスーパー玉手みたいな、パチンコ屋みたいな派手な感じやのに、中入ったらなんか内装がシャレオツな
この有名な絵画、どなたのでしたっけ。作品が一面に飾られてました
トイレ前の棚もヴィンテージっぽくてかっこいい
▼▼▼
すでに真っ暗くなった道を歩き、土方歳三最期の地碑へ
歳三が戦死した一本木関門がかつてあった付近、いまは公園の一角になってて、近づくほどに、ああそうやった、こんなんやった!と11年前の記憶がうすらよみがえり
それにしても前回もこんな風に暗くなってから来たなと。明るい時の姿を見ていないなと
でも今回は命日(旧暦やけど)に来れたからよしとしたい
明るいうちにたくさんの方が来られたんでしょうね。あふれんばかりの花
何年たっても愛されてるなぁ総督
ホテルに戻り、コンビニでゲットしたご当地限定ビールをいただく
サッポロビールは新政府軍側で箱館戦争に参加した人によって設立されたって、ゴールデンカムイで習ったやつ
調べたら薩摩藩士の村橋久成という方で、二股口で土方軍と戦ったみたい。こんなところで意外なつながりが。それもゴールデンカムイに書いてましたっけ
北海道来て、ちょいちょいアイヌ文化のこととか見かけるんですけど、だいたい「これゴールデンカムイで見た」ってなるからゴールデンカムイはやっぱりすごい
テレビでも、このGWに網走監獄を訪れた観光客が過去最多ってニュースやってて、土方おじいちゃんと犬童のパネル映ってて、よかったね犬童!てなった
2日目につづく!
2年ほど前から勝手にやっていた戊辰戦争150周年旅











































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